赤穂 御崎 大石名残りの松 |
石碑に刻まれた言葉を要約引用。
「大石内蔵助は血涙を呑んで赤穂城を開城し、元禄14年(1701)6月半ば
妻子をこの港から海路大坂表に送り出した。
自らも6月25日山科に向かった。その時御崎の先頭に立つ老松を
見返りつつ名残りを惜しんだと伝えられる。」
上の写真が大石名残りの松
撮影は2007-10-11
上の写真は御崎より海岸を臨み摂った写真です。
Blogでの写真紹介記事
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赤穂旅行記その6
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本所の吉良邸跡