須磨寺 松尾芭蕉の句碑 |
撮影は2010-8-19
本坊の前庭にあり「須磨寺や ふかぬ笛きく 木下闇」と書かれています。
俳句の意味は「ここ須磨で青葉の笛を吹いた若き公達敦盛が死んでいったのは、
はるか昔のこと。であれば笛の音が聞えてくるわけも無い。しかし、
その笛の音が聞えてくるような幻想に襲われる、須磨の木下闇に佇んでいると。」
松尾芭蕉は貞亨4年(1687)10月25日~貞亨5年(1688)4月23日尾張、伊賀、
伊勢、大和、紀伊から須磨・明石を歩き紀行文「笈(おい)の小文(こぶみ)」として
残しているがその最後のほうに載っている俳句で、芭蕉45歳の4月に須磨寺に
参拝したときに詠んだものです。
笈の小文は芭蕉死後、大津の門人川井乙州によって編集されたものです。
同じ時期に下記のような俳句も詠まれています。
「須磨の あまの矢先に鳴くか郭公(ほととぎす)」
「ほととぎす消え行く方や 嶋一ツ」
小生のBlog松尾芭蕉と時の鐘へリンク
小生のBlog「青葉の笛 その2 青葉の笛か小枝の笛か?」へのリンク
同じく小生のBlogで松尾芭蕉が明石で詠んだ俳句へもリンクしておきます。