ヒト歯乳頭からの幹細胞及び利用方法 特開2006-238875 |
産業技術総合研究所の研究チームから出願されている特許を調査したところ
標題の特許が出願されていましたので紹介します。
関連した研究として東京理科大学の辻孝氏らのチームが間葉系細胞の製造と
歯の製造方法に関して特許を出願されていますので下記に記載しておきます。
特開2008-200033
また日立メディコの家島大輔氏らのチームも間葉系細胞の増殖、分化方法
について特開2006-280234の特許を出願されています。
【発明の名称】ヒト歯乳頭からの幹細胞及びその利用方法
【公開番号】特開2006-238875
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願番号】特願2005-302404(P2005-302404)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【優先権主張番号】特願2005-28552(P2005-28552)
【氏名又は名称】独立行政法人産業技術総合研究所
【発明者】 【氏名】池田 悦子、大串 始
【要約】
【課題】再生医療を早期実用化する。
【解決手段】歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞;歯乳頭から間葉系幹細胞
及び神経幹細胞を採取することを特徴とする高増殖性の間葉系幹細胞及び
神経幹細胞の調製方法。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
歯乳頭由来の幹細胞であって、間葉系幹細胞及び神経幹細胞からなる群から
選ばれるいずれかの幹細胞。
【請求項2】
前記幹細胞が間葉系幹細胞である、請求項1に記載の幹細胞。
【請求項3】
前記幹細胞が神経幹細胞である、請求項1に記載の幹細胞。
【請求項4】
前記神経幹細胞がneurosphereを形成する請求項3に記載の幹細胞
【請求項5】
前記幹細胞が間葉系幹細胞であって、CD34およびCD45を有さず、
CD29+,CD90及びCD105からなる群から選ばれる少なくとも1種の
表面抗原発現を有する請求項2に記載の幹細胞。
【請求項6】
WST-1法による細胞増殖能が、歯小嚢及び骨髄由来幹細胞よりも高い請求項1~5のいず
れかに記載の幹細胞。
【請求項7】
歯乳頭がヒトの歯乳頭である請求項1~6のいずれかに記載の幹細胞。
【請求項8】
歯乳頭が、ヒトの第三大臼歯の歯乳頭である請求項7に記載の幹細胞。
【請求項9】
歯乳頭の接着細胞を採取することを特徴とする間葉系幹細胞の調製方法。
【請求項10】
歯乳頭の浮遊細胞を採取することを特徴とする神経幹細胞の調製方法。
【請求項11】
歯乳頭を蛋白質の分解酵素で処理し、得られた間葉系幹細胞を培養容器で培養し、
該培養容器に接着した間葉系幹細胞を接着しないものから分離し、培養することを
特徴とする請求項9に記載の方法。
【請求項12】
歯乳頭から分離採取された間葉系幹細胞を初期培養した後、蛋白質の
分解酵素で処理し、継代培養を行い増殖させる事を特徴とする歯乳頭由来の
間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項13】
蛋白質の分解酵素がコラゲナーゼ、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、
プロナーゼおよびディスパーゼからなる群から選ばれる少なくとも1種である
請求項12に記載の方法
【請求項14】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞を、
必要に応じて培養増殖後に分化誘導を行うことを特徴とする幹細胞の分化誘導方法。
【請求項15】
歯乳頭がヒトの歯乳頭である請求項9~14のいずれかに記載の方法。
【請求項16】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞の
組織又は臓器の再生ないし修復のための使用。
【請求項17】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞或いは
その分化誘導細胞を移植することを特徴とする、組織又は臓器の再生ないし
修復のための方法。
【請求項18】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択される少なくとも1種の幹細胞
の凍結保存細胞。
【請求項19】
組織保存液と共に凍結してなる凍結保存歯胚もしくは歯乳頭。
【請求項20】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択される少なくとも1種の幹細胞を
細胞凍結保存液にて凍結保存することを特徴とする歯乳頭由来幹細胞の凍結保存方法。
【請求項21】
歯乳頭又は歯胚を組織凍結保存液にて凍結保存することを特徴とする歯乳頭又は
歯胚の凍結保存方法。
【請求項22】
請求項18に記載の凍結保存細胞、請求項19に記載の凍結保存歯胚もしくは歯乳頭、
」請求項20に記載の方法により得られた凍結保存細胞、請求項21に記載の方法により
得られた凍結保存歯胚もしくは歯乳頭の、組織又は臓器の再生ないし修復のための使用。
【請求項23】
請求項19に記載の凍結保存歯胚もしくは歯乳頭または請求項20に記載の方法により
得られた凍結保存歯胚もしくは歯乳頭を解凍し、請求項12または13に記載の処理を
行うことを特徴とする間葉系幹細胞の培養方法。
【請求項24】
歯乳頭由来の間葉系幹細胞または歯乳頭由来の神経幹細胞から分化誘導された細胞を
直接又は生体材料に担持された状態で、ヒトを含む哺乳動物の患部に自家移植することを
特徴とする移植方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は歯乳頭由来の幹細胞及び該幹細胞の分離採取方法、該幹細胞の培養
及び分化誘導方法、この分化誘導された又はされていない幹細胞を用いて組織又は
臓器を再生する方法及び幹細胞又は歯乳頭/歯胚の凍結保存物及び凍結保存して
利用する方法に関する。本発明は、特にヒトの歯乳頭を用いてヒト歯乳頭由来
間葉系幹細胞および/又は神経幹細胞を得、これをヒトの組織又は臓器の再生ないし
修復、或いは疾患の治療のために使用する。
【背景技術】
【0002】
種々の臓器障害を細胞を用いて治療する再生医療が発展してきている。
従来治療として臓器移植が考慮されるが、ドナー不足は深刻である。人工臓器も重要な
選択肢であるが、生物機能を有さないのでその治療効果は短期的且つ限定的である。
【0003】
この解決策として、多能性を有する骨髄間葉系幹細胞を用いて細胞そのものを移植する
細胞療法が試みられているが、骨髄間葉系幹細胞を採取するための骨髄穿刺は必須であり、
健常部(例えば腸骨)への新たな外科的侵襲を避ける事はできない。そのため、
新たな間葉系幹細胞の細胞源及び細胞採取方法の開発が求められている。
【0004】
口腔組織から間葉系幹細胞を採取する方法は4例知られている(特許文献1~4)。
【0005】
特許文献1では、間葉系幹細胞を採取する組織が歯槽骨の骨髄、口蓋又は歯槽骨の
骨膜に限られている。歯乳頭からの採取方法、培養方法及びその細胞を使った
組織再生方法は開示されていない。
【0006】
特許文献2では、細胞が歯周組織幹細胞に限られており間葉系幹細胞ないし神経幹細胞
ではない。さらに、細胞によって再生される組織が歯周組織に限られている。
特許文献3では、細胞が歯嚢細胞と歯髄細胞に限られており、歯乳頭由来の間葉系幹細胞
は含まれていない。また、浮遊細胞である神経幹細胞は含まれていない。
特許文献4 では、細胞が歯嚢から単離された非胚性組織から得る事ができる幹細胞に限
られており、歯乳頭は含まれていない。
【0007】
神経幹細胞は、ES細胞或いは胎児の中脳細胞などから得られるが、いずれも倫理上の
問題があり、入手することは困難である。
【特許文献1】特開2003-52365
【特許文献2】特開2004-497
【特許文献3】特開2004-201612
【特許文献4】特表2005-516616
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来、再生医療に用いられている間葉系幹細胞は、治療への必要性が発生してから、
ヒトより採取され培養されているため、組織の修復部への移植には1カ月近い期間を要して
いる。また、幹細胞の採取に当たっては、ドナーの健常部への新たな外科的侵襲を加えて
実施されている。これらの課題を解決し、再生医療の早期実用化が求められている。
【0009】
一方、ヒトの脳は100億以上のニューロンとその10倍以上にもおよぶグリアからなり、
部位ごとによって多様な形態をもつ細胞がありながらも連携し見事に機能する。神経幹細
胞は、その多様な細胞群を生み出す源であるといえる。
【0010】
神経幹細胞は、発達期の脳において神経細胞やグリア細胞を供給するのみならず、
成体の脳においても継続的に神経細胞を産生し、脳の機能維持に関与していると考えられている。
【0011】
このように、神経幹細胞は脳神経系の各種疾患の治療に有用であり、新たな入手方法が
求められている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく研究を重ねた結果、従来、歯科治療に伴い
破棄されていた歯胚の歯乳頭組織から多能性を有する間葉系幹細胞及び神経幹細胞を
分離採取する方法を見出した。
【0013】
本発明は、以下の発明を提供する。
1. 歯乳頭由来の幹細胞であって、間葉系幹細胞及び神経幹細胞からなる群から
選ばれるいずれかの幹細胞。
2. 前記幹細胞が間葉系幹細胞である、項1に記載の幹細胞。
3. 前記幹細胞が神経幹細胞である、項1に記載の幹細胞。
4. 前記神経幹細胞がneurosphereを形成する項3に記載の幹細胞
5. 前記幹細胞が間葉系幹細胞であって、CD34およびCD45を有さず、CD29+,
CD90及びCD105からなる群から選ばれる少なくとも1種の表面抗原発現を有する
項2に記載の幹細胞。
6. WST-1法による細胞増殖能が、歯小嚢及び骨髄由来幹細胞よりも高い項1~5の
いずれかに記載の幹細胞。
7. 歯乳頭がヒトの歯乳頭である項1~6のいずれかに記載の幹細胞。
8. 歯乳頭が、ヒトの第三大臼歯の歯乳頭である項7に記載の幹細胞。
9. 歯乳頭の接着細胞を採取することを特徴とする間葉系幹細胞の調製方法。
10. 歯乳頭の浮遊細胞を採取することを特徴とする神経幹細胞の調製方法。
11. 歯乳頭を蛋白質の分解酵素で処理し、得られた間葉系幹細胞を培養容器で培養し、
該培養容器に接着した間葉系幹細胞を接着しないものから分離し、培養することを
特徴とする項9に記載の方法。
12. 歯乳頭から分離採取された間葉系幹細胞を初期培養した後、蛋白質の分解酵素で
処理し、継代培養を行い増殖させる事を特徴とする歯乳頭由来の間葉系幹細胞の
培養方法。
13. 蛋白質の分解酵素がコラゲナーゼ、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、
プロナーゼおよびディスパーゼからなる群から選ばれる少なくとも1種である項12に
記載の方法
14. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞を、
必要に応じて培養増殖後に分化誘導を行うことを特徴とする幹細胞の分化誘導方法。
15. 歯乳頭がヒトの歯乳頭である項9~14のいずれかに記載の方法。
16. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞の
組織又は臓器の再生ないし修復のための使用。
17. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択されるいずれかの幹細胞
或いはその分化誘導細胞を移植することを特徴とする、組織又は臓器の再生ないし
修復のための方法。
18. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択される少なくとも1種の幹細胞
の凍結保存細胞。
19. 組織保存液と共に凍結してなる凍結保存歯胚もしくは歯乳頭。
20. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞から選択される少なくとも1種の幹細胞
を細胞凍結保存液にて凍結保存することを特徴とする歯乳頭由来幹細胞の凍結
保存方法。
21. 歯乳頭又は歯胚を組織凍結保存液にて凍結保存することを特徴とする歯乳頭又は
歯胚の凍結保存方法。
22. 項18に記載の凍結保存細胞、項19に記載の凍結保存歯胚もしくは歯乳頭、項20に
記載の方法により得られた凍結保存細胞、項21に記載の方法により得られた
凍結保存歯胚もしくは歯乳頭の、組織又は臓器の再生ないし修復のための使用。
23. 項19に記載の凍結保存歯胚もしくは歯乳頭または項20に記載の方法により得られた
凍結保存歯胚もしくは歯乳頭を解凍し、項12または13に記載の処理を行うことを
特徴とする間葉系幹細胞の培養方法。
24. 歯乳頭由来の間葉系幹細胞または歯乳頭由来の神経幹細胞から分化誘導された
細胞を直接又は生体材料に担持された状態で、ヒトを含む哺乳動物の患部に
自家移植することを特徴とする移植方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来、歯科治療時に廃棄されていた歯乳頭から、多能性を有する
間葉系幹細胞及び/又は神経幹細胞を採取することができる。また、ヒトの歯乳頭
及び/又は歯胚を凍結保存しておき、神経、組織等の修復が必要な時に解凍し、
歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び/又は神経幹細胞の培養を行うことができるため、
従来の手法に比べて組織の修復が必要になった時点において短時間で対処出来る
効果がある。
【0015】
また、歯乳頭由来の間葉系幹細胞は骨髄及び歯小嚢由来の幹細胞と比較して
分化能および増殖能が優れており、多くの幹細胞が得られるだけでなく、種々の修復
ないし再生すべき組織に幹細胞或いはその分化誘導細胞として移植したときに、
組織の再生、修復能においても優れている。例えば歯乳頭由来の間葉系幹細胞は
増殖出来るのみならず、種々の添加因子を加えることにより、生体外で骨細胞、
軟骨細胞、肝細胞、膵臓細胞、神経細胞、心筋細胞などの各種細胞への分化誘導も
可能である。それ故、間葉系幹細胞自体又はこれらの分化細胞を各臓器ないし組織の
修復部に移植して、組織を再生させることが可能となる。
【0016】
ヒトの脳では1度障害された神経細胞は補充されないと考えられてきたが、神経幹細胞
を用いて移植治療を行うことによって、パーキンソン病、ALS (筋萎縮性側索硬化症)、
アルツハイマー病、てんかんの抑制に深く関わっているそれぞれの脳神経細胞を再生
させることができる。こういった移植治療は、脳細胞の異常によって起こる難病を根本的に
治療できる可能性がある。
【0017】
例えばパーキンソン病は、中脳黒質の神経細胞(ドーパミンニューロン)が侵され、
神経伝達物質であるドーパミンが減少し、手足などの運動障害が徐々に進行して行く
病気である。本発明で得られる神経幹細胞を用いてドーパミン産生細胞を脳内に
植え付けることができれば、パーキンソン病の治療が可能である。
【0018】
岡野教授(慶應大学医学部生理学教室 教授)らは、ES細胞からパーキンソン病に
関わりのあるドーパミン作動性神経細胞、ALSに関わりのある脊髄運動神経細胞、
アルツハイマー病と関わりのある前脳型アセチルコリン作動性神経細胞、
てんかん抑制と関わりのあるGABA 作動性神経細胞を作り出すことをすでに
成功させている。しかしながら、ES細胞を培養し、目的の神経細胞に分化・誘導する
ことはきわめて難しい作業である。
【0019】
一方、神経幹細胞からドーパミン作動性神経細胞、脊髄運動神経細胞、
前脳型アセチルコリン作動性神経細胞、GABA 作動性神経細胞を作り出すことは、
ES細胞を用いるよりもはるかに容易である。
【0020】
従って、本発明で得られた歯乳頭由来の神経幹細胞は、パーキンソン病、ALS、アルツ
ハイマー病、てんかんの治療に極めて有用である。
【0021】
なお、パーキンソン病は、中絶胎児の中脳から取った組織を移植する実験的治療が
スウェーデンなどで行われ、改善が認められている。中絶胎児の細胞を使用することは
倫理的にも供給面でも問題があるが、本発明の歯乳頭由来の神経幹細胞を使用すれば、
このような問題なく脳神経系疾患の根本的な治療法を確立することができる。
しかも、本人の凍結保存した歯乳頭又は歯胚を使用すれば、拒絶反応の問題も生じない。
【0022】
歯乳頭は、歯並びの矯正或いは虫歯の治療時に得られる第三大臼歯(通称:親知らず)を
利用することができる。特に、歯乳頭の石灰化により確認が可能な年齢
(例えば11~12才程度又はそれ以上、例えば18~20才程度またはそれ以下、特に、
13~17才ないし14~16才)において親不知の歯乳頭を摘出する場合、増殖能の高い
間葉系幹細胞及び神経幹細胞を多く得ることができるため望ましい。
【0023】
歯科矯正と同時或いは別個に歯胚もしくは歯乳頭を摘出した場合、該歯胚もしくは
歯乳頭或いはそれから分離された間葉系幹細胞もしくは神経幹細胞は長期間
(数年から数十年又はそれ以上)凍結保存することができ、脳、脊髄を含む神経、
各種の臓器ないし組織の修復、再生、障害の治療が必要になった時点で解凍して
使用することができる。