ヒト歯乳頭からの幹細胞及び利用方法 特開2006-238875その2 |
【公開番号】特開2006-238875
【審査請求】未請求
【請求項の数】24
【出願番号】特願2005-302404(P2005-302404)
【出願日】平成17年10月18日(2005.10.18)
【優先権主張番号】特願2005-28552(P2005-28552)
【氏名又は名称】独立行政法人産業技術総合研究所
【発明者】 【氏名】池田 悦子、大串 始
上記特許の詳細の内容について前回のBlogには字数オーバーしてしまったので
後半部分を載せます。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
歯と歯周組織の原基である歯胚について説明する。
【0025】
歯胚は最初、口腔粘膜上皮と間葉組織の増殖したものであり(図1)、その増殖した
ものが成熟し、エナメル器、歯乳頭、歯小嚢となる(図2)。歯胚は、エナメル器、
歯乳頭、歯小嚢の3つの組織からなり、顎骨の中で歯に変化し、歯肉の上に萌出し
歯としての機能を持つ。歯胚のエナメル器はエナメル質、歯乳頭は歯髄と象牙質、
歯小嚢はセメント質、歯根膜、歯槽骨になり(図3)、歯が完成すると、エナメル質、
象牙質、歯髄、セメント質、歯根膜、歯槽骨となる(図4)。
【0026】
本発明でいう歯胚は、図4のような完成した歯を含まない。歯胚は歯乳頭を有する
ものであれば特に限定されず、図1のような初期の歯胚を利用することも可能であるが、
通常は図2ないし図3のような歯乳頭と歯小嚢を有する段階のものが利用される。
歯胚をレントゲンで確認する場合には、エナメル器などに石灰化が生じている方が
望ましい。一方、歯乳頭の石灰化が進行しすぎると歯乳頭由来の間葉系幹細胞
及び/又は神経幹細胞の取得が難しくなり、間葉系幹細胞/神経幹細胞の分化能と
増殖能は低下する傾向にある。ヒトから歯乳頭を得る場合、約10才~約18才程度
(より好ましくは約12才~約17才)の石灰化があまり進行していないヒトの歯乳頭を
利用するのが好ましいが、もちろんより低年齢或いは高年齢のヒトであっても、
間葉系幹細胞/神経幹細胞が分離できる歯乳頭であれば広く利用できる。
ヒト以外の哺乳動物の場合にも、同様に石灰化していないか石灰化の程度が少ない
歯乳頭を好ましく利用できる。
【0027】
歯乳頭の供給源として、ヒト及び哺乳動物のいずれの歯乳頭も使用できるが、
霊長類の歯乳頭が好ましく、特にヒト由来の歯乳頭が望ましい。ヒト由来の歯乳頭は、
歯科矯正治療の前処置などによって施行される骨性埋伏の第三大臼歯の抜歯に伴い
廃棄される歯胚を好ましく利用できる。
【0028】
上記のように、歯胚はエナメル器、歯乳頭、歯小嚢の3つの組織からなるが、
本発明の間葉系幹細胞と神経幹細胞は、歯乳頭から得られる。
【0029】
歯乳頭を切り刻み、適当な緩衝液中において蛋白分解酵素を用いて処理し、
間葉系幹細胞および神経幹細胞を遊離させ、これを他の細胞及び組織片と分離
することで歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞を分離することができる。
蛋白分解酵素としては、特に限定されないが、コラゲナーゼ、トリプシン、ヒアルロニダーゼ、
エラスターゼ、プロナーゼ、ディスパーゼが例示され、コラゲナーゼが好ましく使用される。
【0030】
間葉系幹細胞は、接着細胞として分離することができ、神経幹細胞はneurosphereを形
成する浮遊細胞として分離することができる。
【0031】
本発明の1つの実施形態における、歯乳頭から間葉系幹細胞及び神経幹細胞を採取する
方法を以下に例示する。
【0032】
(歯乳頭由来間葉系幹細胞の調製方法)
まずPBS(リン酸緩衝生理食塩水)にて摘出された歯胚(歯乳頭と歯小嚢)を十分に洗浄
し、歯乳頭を分離後、PBSに溶解させた0.04%コラゲナーゼ液中で歯乳頭を細かく切り刻む。
その組織懸濁液を37℃に設定した振とう機で30分間振とうさせ、歯乳頭中の間葉系幹細胞
及び神経幹細胞を遊離させた後、細胞培養用のα-MEM培地(Minimum Essential Medium-α)
を加える。このようにして得られた細胞懸濁液(組織懸濁液にコラゲナーゼを反応
させて細胞を抽出したもの)を遠心分離機を用いて1500rpm、5分間遠心分離させ、上清
を取り除いた後、残留物にα-MEM培地を加えて再懸濁させる。この細胞懸濁液を直径10cmの
細胞培養用培養皿に播種し、37℃、5%CO2に設定したインキュベーター内にて培養する。
この様にして培養された間葉系幹細胞は、培養皿に接着するため、他のもの(浮遊細胞
としての神経幹細胞や組織片)と分離して採取できる。同時に、神経幹細胞は、浮遊細胞からneurosphereを分離することにより得ることができる。
【0033】
(歯乳頭由来神経幹細胞の調製方法)
まずPBS(リン酸緩衝生理食塩水)にて摘出された歯胚(歯乳頭と歯小嚢)を十分に洗浄
し、歯乳頭を分離後、PBSに溶解させた0.04%コラゲナーゼ液中で歯乳頭を細かく切り刻む。
その組織懸濁液を37℃に設定した振とう機で30分間振とうさせ、細胞培養用のα-MEM培地
(Minimum Essential Medium-α)を加える。このようにして得られた細胞懸濁液
(組織懸濁液にコラゲナーゼを反応させて細胞を抽出したもの)を遠心分離機を用いて
1500rpm、5分間遠心分離させ、上清を取り除いた後、残留物にDMEM/F12 mediumに
20ng/ml EGF(epidermal growth factor),20ng/ml FGF-basic(fibroblast growth
factor-basic),10ng/ml LIF(leukemia inhibitory factor)および20μl/ml B-27
supplementを加えた培地7mlにて再懸濁させる。全量をT-25フラスコに播種し、
37℃、5%CO2に設定したインキュベーター内にて浮遊培養する。
この様にして浮遊培養された神経幹細胞は、neurosphereと呼ばれる細胞塊を形成する。
分離採取した間葉系幹細胞及び神経幹細胞は、それ自体を神経、組織再生などの
移植用に使用してもよいが、分離採取した間葉系幹細胞/神経幹細胞は数が少ないので、
初代培養、継代培養し間葉系幹細胞/神経幹細胞を増殖させて再生させる組織等に
用いることができる。継代培養は、通常2~6代、好ましくは2~4代行う。
培養して得られた間葉系幹細胞及び神経幹細胞は、ひきつづいて添加因子を加えて
分化誘導を行い組織の再生および治療用の細胞を調整することができる。添加因子としては:
骨細胞への分化:デキサメサゾン、β-グリセロホスフエイト、ビタミンC。
軟骨細胞への分化:デキサメサゾン、ビタミンC、ITS(インシュリントランスフェリンセ
レニウム)、リノレン酸 、ウシ血清アルブミン、ピルビン酸 Na、 L-プロリン、TGF-β3
、BMP-2(骨形成蛋白)。
肝細胞への分化: ITS(インシュリントランスフェリンセレニウム)、ウシ血清アルブミン、
デキサメサゾン、HGF(肝細胞増殖因子)。
膵臓細胞への分化:HGF、exexdin-4、activin-A、b-FGF(線維芽細胞成長因子)、DMSO(dimethylsulfoxide)、BHA (buthylated hydroxyanisole)、グルコース、
ピルビン酸ナトリウム、EGF(上皮細胞成長因子)、ニコチンアミド。
【0034】
脂肪細胞への分化:デキサメサゾン、メチルイソブチルキサンチン、インシュリン。
【0035】
神経細胞への分化:β-メルカプタノール(BME)、DMSO(dimethylsulfoxide),
BHA (buthylated hydroxyanisole)などが例示される。
【0036】
以下に、歯乳頭から採取・分離した間葉系幹細胞及び神経幹細胞の培養方法を説明する。
(歯乳頭由来間葉系幹細胞の継代培養方法)
前記記載のコラゲナーゼ処理にて得られた歯乳頭由来の培養間葉系幹細胞を、
直径10cmの細胞培養用培養皿に播種し、37℃、5%CO2に設定したインキュベーター内
にて初代培養を行う。使用する培養液は、ウシ胎児血清(FBS)を含有した細胞培養用の
α-MEM培地である。培養液は1週間に3回の割合で交換する。培養液の交換の際に
細胞の増殖を顕微鏡観察し、コンフルエント状態になったらトリプシン-EDTA溶液
(0.05%トリプシン0.53mM EDTA)を用いて細胞を回収し、細胞数を計測する。
900rpm、3分間遠心分離させ上清を取り除いた後、残留物にα-MEM培地を加えて
再懸濁させる。5x105個の細胞を13mlのα-MEM培地
に懸濁しT-75のフラスコに播種し37℃、5%CO2に設定したインキュベーター内にて継代
培養する。なお、この継代培養にて細胞は増殖し細胞数を増加させることができる。
【0037】
(歯乳頭由来神経幹細胞の継代培養方法)
neurosphereと呼ばれる細胞塊はトリプシン処理をすることにより継代培養することが
できる。フラスコよりneurosphereを含む細胞懸濁液を15mlチューブに移し、遠心分離機
を用いて900rpm、5分間遠心分離させ、上清を取り除いた後、残留物に1mlの
トリプシン-EDTA溶液(0.05%トリプシン0.53mM EDTA)を用いて3分間
インキュベートしピペットにてピペッティングしneurosphere(細胞塊)をバラバラにし
1mlのTI(トリプシンインヒビター)にてトリプシン-EDTA溶液の反応を停止させる。
10mlのDMEM/F12 mediumを洗い用培地として加え、900rpm、5分間遠心分離させ、
上清を取り除いた後、再びDMEM/F12 mediumに20ng/ml EGF(epidermal growth factor),20ng/ml FGF-basic(fibroblast growth factor-basic),20ng/ml LIF(leukemia inhibitory factor)および10μl/ml B-27 supplementを加え
た培地7mlにて再懸濁させ、全量をT-25フラスコに播種し、37℃、5%CO2に設定したイ
ンキュベーター内にて浮遊培養する。
【0038】
このように、この培養により間葉系幹細胞及び神経幹細胞を増殖させる事が可能で、
この培養間葉系幹細胞ないし培養神経幹細胞を用いて、種々疾患の治療が可能である。
例えば、骨・軟骨再生には間葉系幹細胞の濃度を1×106~1×108 個/mlの
比較的高濃度に調整し、これを種々セラミックス、金属材料、生体吸収性あるいは非吸収性
ポリマーなどの足場材に播種し、1~24時間の短期間培養することによって足場材に
高密度で接着せしめた後、直接骨欠損あるいは軟骨欠損等に移植することにより、
間葉系幹細胞が移植された部位で骨組織あるいは軟骨組織に分化させる事が可能である。
【0039】
虚血性の心筋の回復や拡張型心筋症の治療、もしくは慢性末梢性動脈閉塞性疾患
(糖尿病性壊死、動脈硬化性閉塞症、バージャー病など)においては間葉系幹細胞そのものを
患部に注入する。その場合用いられる細胞数は患部あたり1×107~1×109個が例示される。
【0040】
さらに、脊髄疾患たとえば脊髄損傷の脊髄に細胞を移植することも可能である。
【0041】
また、幹細胞は障害組織に蓄積されることがわかってきたので、この培養間葉系幹細胞/
神経幹細胞は種々の疾患の治療に全身投与される事も可能である。
例えば、神経幹細胞は、パーキンソン病、ALS、アルツハイマー病、てんかん等の
治療のために、必要に応じて適切な神経細胞に分化させた後に投与使用され得る。
また、間葉系幹細胞は、肝疾患、心疾患、膵疾患等に投与され得る。
【0042】
さらにこの培養間葉系幹細胞又は神経幹細胞に種々分化誘導因子を添加し、
骨芽細胞、軟骨細胞、肝細胞、神経細胞(ドーパミン作動性神経細胞、脊髄運動神経細胞、
前脳型アセチルコリン作動性神経細胞、GABA 作動性神経細胞等)など各種細胞への分化誘導し、
この分化細胞を各組織の修復部に移植して、組織を再生する事も可能である。
【0043】
たとえば、骨欠損等を有する骨疾患の場合、間葉系細胞をハイドロキシアパタイトなどの
リン酸カルシウム系セラミックに播種して培養する。培地の交換の際にデキサメサゾン、
β-グリセロ燐酸、ビタミンCを添加して10日から28日ほど培養することにより、骨芽細胞と
骨基質を誘導することが可能であり、この分化細胞(骨芽細胞)と骨基質を骨欠損部に移植する。
【0044】
上記記載の培養液において、ウシ胎児血清(FBS)を含有した細胞培養用のα-MEM培地以
外にヒト血清を含有した細胞培養用のα-MEM培地にて培養する事も可能である。また、
α-MEM溶液の成分系と実質的に同等な培地であれば、その培地も使用可能である。
【0045】
本発明の1つの実施形態において、培養した間葉系幹細胞及び/又は神経幹細胞を、
将来の必要時のために凍結保存する方法を提供する。分離培養した間葉系幹細胞
もしくは神経幹細胞、或いはそれを初代培養および継代培養した細胞を細胞保存液にて
凍結保存する。間葉系幹細胞及び神経幹細胞の場合、細胞の継代操作の際に
継代培養に使用する細胞懸濁液以外の余った細胞懸濁液を900rpm、3分間
遠心分離させ上清を吸引し、残留した細胞を回収し、DMSO(dimethylsulfoxide)が
含まれる細胞保存液にて再懸濁し-80℃以下の冷凍庫にて凍結保存させることができる。
【0046】
細胞保存液としては、セルバンカー(日本全薬製)、バンバンカー(リンフォテック製)、
Cellvation(Celox Laboratories製)などが例示される。
【0047】
そして、患者の治療に幹細胞が必要になった時は、凍結保存していた細胞を急速解凍し
細胞培養用の培地にて懸濁する。900rpm、3分間遠心させ上清を取り除いた後、残留物に
α-MEM培地を加えて間葉系幹細胞を再懸濁させる。5x105個の細胞を13mlのα-MEM培地に
懸濁しT-75のフラスコに播種し37℃、5%CO2に設定したインキュベーター内にて培養す
る。神経幹細胞は、上記の調製、培養条件を参照して、同様に凍結保存歯胚ないし
凍結保存歯乳頭から容易に調製及び培養することができる。
【0048】
この培養により間葉系幹細胞ないし神経幹細胞を増殖する事が可能で、この解凍後の
培養間葉系幹細胞もしくは神経幹細胞を用いて、種々疾患の治療が可能である。
【0049】
疾患治療の際の播種される細胞濃度、疾患の種類等は、非凍結/解凍の間葉系幹細胞
/神経幹細胞と同様である。
【0050】
本発明の別の実施形態においては、歯乳頭もしくは歯乳頭を含む歯胚を、将来の必要時
のために凍結保存する。歯乳頭もしくは歯乳頭を含む歯胚そのものをUW液
[University of Wisconsin solution(ViaSpan製)]などの組織保存液にて浸漬し
プログラムフリーザーにて冷却し-80℃以下の冷凍庫にて凍結保存させる。
そして、患者の治療に間葉系幹細胞
もしくは神経幹細胞が必要になった時は、凍結保存していた組織を解凍しPBSにて十分に
洗浄し、以下、凍結・解凍していない歯乳頭と同様に処理することにより間葉系幹細胞
および神経幹細胞を得ることができ、必要に応じてさらに分化された細胞に導くことができる。
【0051】
本発明の歯乳頭由来の間葉系幹細胞は、以下の表面抗原発現パターンを有する。
(1) CD29,CD90及びCD105からなる群から選ばれる少なくとも1種の表面抗原を発現する
。
(2) CD34を有さない(CD34が陰性(negative)である;CD34-)
(3) CD45を有さない(CD45が陰性(negative)である;CD45-)
歯乳頭由来の間葉系幹細胞は、150日間増殖し続け(図5)、その後も増殖し続けている
。さらに、歯乳頭由来の間葉系幹細胞は骨髄由来の間葉系幹細胞及び歯小嚢由来の
間葉系幹細胞と比較しても明らかに増殖能が高い(図12)。神経幹細胞も間葉系幹細胞と
同様に高い増殖能が期待される。
【0052】
本発明の歯乳頭由来の間葉系幹細胞は、肝細胞にほぼ100%分化する点に特徴を有し、
膵臓細胞、胆嚢細胞等への分化も容易に行えると期待される。
【0053】
また、本発明の歯乳頭由来の間葉系幹細胞及び神経幹細胞は、分化誘導によりマーカー
を発現するだけでなく、機能的にも優れた分化細胞に誘導することができ、
再生医療において非常に有用なツールとなる。