2010年 10月 03日
アレキサンダー・キャメロン・シム(Alexander Cameron Sim)の顕彰碑 in 東遊園地 on 2010-9-29 |
10月になって新しい職場に勤務することになり、10月1日に久しぶりに
東京へ行ってきました関係で10月1日、2日と本Blogの更新をさぼってしまいました。
本日は東遊園地の中にあるアレキサンダー・キャメロン・シム(Alexander Cameron Sim)
の顕彰碑を写真紹介します。
Wikipediaより彼の足跡を訪ねると Wikipediaの英語版はこちら。
「1840年8月28日 スコットランド(Scottland)のアバルー( Aberlour)に生まれる。
1862年 王立ロンドン病院に薬剤師として就職
1866年 政府の海外派遣員の資格を得、香港の海軍病院で3年間半勤務
1970年 数ヶ月長崎の外国人居留地で過ごす
その後神戸居留地に移りレウェリン商会に薬剤師として勤務
1870年9月23日 神戸レガッタアンドアスレチッククラブ(KRAC)の設立
義勇消防隊も結成し活躍した。
道路の改修など公共事業の指揮などでも功績
1885年 日本最初のラムネの発売 居留地の18番にシム商会があったため
ラムネと命名 コレラの予防になるということで爆発的に売れる
1891年 濃尾地震が発生した際には義捐金集めに奔走
1896年 明治三陸地震が発生した際にも義捐金を集めに奔走
1899年7月17日 神戸居留地返還に際し病気の居留地会議議長に代わって署名
1900年11月28日 腸チフスにかかり死亡 神戸再度山の神戸市立外国人墓地に眠る
1901年 東遊園地にA.C.シムの顕彰碑が建設される。


上の2枚の写真はA.C.シムの顕彰碑

上の写真は東遊園地より神戸市役所方面を臨む。
撮影日は2010年9月29日
東遊園地は1875年内外国人公園として始っています。ラグビーやクリケットなど
居留地の住民にとって憩いと交流の場でもあった。
1922年から東遊園地という名前になったそうです。
東京へ行ってきました関係で10月1日、2日と本Blogの更新をさぼってしまいました。
本日は東遊園地の中にあるアレキサンダー・キャメロン・シム(Alexander Cameron Sim)
の顕彰碑を写真紹介します。
Wikipediaより彼の足跡を訪ねると Wikipediaの英語版はこちら。
「1840年8月28日 スコットランド(Scottland)のアバルー( Aberlour)に生まれる。
1862年 王立ロンドン病院に薬剤師として就職
1866年 政府の海外派遣員の資格を得、香港の海軍病院で3年間半勤務
1970年 数ヶ月長崎の外国人居留地で過ごす
その後神戸居留地に移りレウェリン商会に薬剤師として勤務
1870年9月23日 神戸レガッタアンドアスレチッククラブ(KRAC)の設立
義勇消防隊も結成し活躍した。
道路の改修など公共事業の指揮などでも功績
1885年 日本最初のラムネの発売 居留地の18番にシム商会があったため
ラムネと命名 コレラの予防になるということで爆発的に売れる
1891年 濃尾地震が発生した際には義捐金集めに奔走
1896年 明治三陸地震が発生した際にも義捐金を集めに奔走
1899年7月17日 神戸居留地返還に際し病気の居留地会議議長に代わって署名
1900年11月28日 腸チフスにかかり死亡 神戸再度山の神戸市立外国人墓地に眠る
1901年 東遊園地にA.C.シムの顕彰碑が建設される。


上の2枚の写真はA.C.シムの顕彰碑

上の写真は東遊園地より神戸市役所方面を臨む。
撮影日は2010年9月29日
東遊園地は1875年内外国人公園として始っています。ラグビーやクリケットなど
居留地の住民にとって憩いと交流の場でもあった。
1922年から東遊園地という名前になったそうです。
by seiyo39
| 2010-10-03 10:54
| 神戸情報
|
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