2010年 11月 04日
曹操陵 日本で初報告 in 第29回奈良県立橿原考古学研究所公開講演会 on 2010-11-3 |
2010年11月3日の文化の日に第29回奈良県立橿原考古学研究所公開講演会
東アジア王墓フォーラム「東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳」を聴いてきました。
概要をメモしておきたいと思います。
日 時:2010年11月3日(水・祝日/文化の日) 10:00~16:40
会 場:奈良県橿原文化会館 大ホール
テーマ:『東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳』
主 催:奈良県立橿原考古学研究所・(財)由良大和古代文化研究協会
プログラムは下記のとおり。
10:00~10:10 開会挨拶 菅谷 文則氏【橿原考古学研究所所長】
山田良三氏【(財)由良大和古代文化研究協会副理事長】
10:10~11:10 講 演 (1) 「桜井茶臼山古墳の調査成果と意義」
豊岡 卓之氏
【奈良県教育委員会文化財保存課調整員・前橿原考古学研究所研究員】
11:10~12:30 講 演 (2) 「伽耶における三・四世紀の墳丘墓と王墓」
李 恩碩氏【伽耶文化財研究所学芸研究室長】
通訳は井上 主悦氏 【橿原考古学研究所研究員】
12:30~13:30 〈昼食休憩〉
13:30~13:50 平成22年度文化財保護功労者感謝状贈呈式 奈良県教育委員会
13:50~15:10 講 演 (3) 「曹操墓と曹休墓について」
王 巍氏【中国社会科学院考古研究所所長】
通訳は岡林 孝作氏【橿原考古学研究所総括研究員】
15:10~15:20 〈休 憩〉
15:20~16:40 パネルディスカッション
(コーディネーター:菅谷 文則氏【橿原考古学研究所所長】)
16:40 閉会挨拶
司 会 寺沢 薫氏【橿原考古学研究所総務企画部長】

上の写真は会場となった奈良県橿原文化会館

上の写真はパネルディスカッションの様子。
左手より菅谷 文則氏、豊岡 卓之氏、李 恩碩氏、井上 主悦氏、王 巍氏、岡林 孝作氏

王 巍氏のプレゼンテーションの一コマ。

上の写真はパネルディスカッションでの王 巍氏、岡林 孝作氏のズームアップ写真。
今回のフォーラムでの目玉は何と言っても三国志の英雄・曹操(155~220年)の墓が
中国河南省安陽市の西北15Kmの安陽県安豊郷西高穴村の2基の墓を2008年12月から
調査発掘し河南省文物局が昨年(2009年)曹操の高陵であると発表された。
魏武王曹操の墓であると結論づけた根拠について下記のように説明されました。
西高穴2号墓が魏武王曹操の墓であるとした根拠
1)墓葬の形態と構造が洛陽発見の大墓(曹魏正始八年(247))同じであり曹操が
活躍した場所と時代に合致する。
2)墓葬の規模が大きく王侯級の墓であろうと推論できる
3)副葬品(7品の銘碑)に「魏武王」が彫られていた。
紀元220年10月に曹操は皇帝の曹丕(そうひ)より魏武王の位を与えられた。
4)墓葬の立地
曹操が遺言した高きに因りて基となし、封ぜず樹せずという要求に一致する
形態である。
5)墓葬の地理的位置
曹操高陵は鄴城(ぎょうじょう)西三十里に位置するという文献と符号する。
6)墓誌の発見(1998年)地点から魏武王曹操の墓の位置が記載されており
その位置関係が西高穴2号墓の位置に符号する
7)曹操の遺言で金玉製の礼器を埋葬しないということに対して、副葬品に
金玉製の礼器が発見されなかった。
8)出土の陶器に彩陶が施されていない(遺言に一致)
9)人骨の年齢が60歳前後で65歳で死去の曹操と符号する
その他曹操の時代に使用されていた銅銭の出土もあった。
関連サイトの紹介
奈良県立橿原考古学研究所
東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳
曹操陵に対して異論も多いようです。
小生のBlogからExciteのNewsをご覧ください。
以下は曹操に関連する私のBlogの記事です。
神戸新長田における記念写真用曹操像
曹操像 in新長田
神戸の関帝廟
曹操像 in神戸ハーバーランド
東アジア王墓フォーラム「東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳」を聴いてきました。
概要をメモしておきたいと思います。
日 時:2010年11月3日(水・祝日/文化の日) 10:00~16:40
会 場:奈良県橿原文化会館 大ホール
テーマ:『東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳』
主 催:奈良県立橿原考古学研究所・(財)由良大和古代文化研究協会
プログラムは下記のとおり。
10:00~10:10 開会挨拶 菅谷 文則氏【橿原考古学研究所所長】
山田良三氏【(財)由良大和古代文化研究協会副理事長】
10:10~11:10 講 演 (1) 「桜井茶臼山古墳の調査成果と意義」
豊岡 卓之氏
【奈良県教育委員会文化財保存課調整員・前橿原考古学研究所研究員】
11:10~12:30 講 演 (2) 「伽耶における三・四世紀の墳丘墓と王墓」
李 恩碩氏【伽耶文化財研究所学芸研究室長】
通訳は井上 主悦氏 【橿原考古学研究所研究員】
12:30~13:30 〈昼食休憩〉
13:30~13:50 平成22年度文化財保護功労者感謝状贈呈式 奈良県教育委員会
13:50~15:10 講 演 (3) 「曹操墓と曹休墓について」
王 巍氏【中国社会科学院考古研究所所長】
通訳は岡林 孝作氏【橿原考古学研究所総括研究員】
15:10~15:20 〈休 憩〉
15:20~16:40 パネルディスカッション
(コーディネーター:菅谷 文則氏【橿原考古学研究所所長】)
16:40 閉会挨拶
司 会 寺沢 薫氏【橿原考古学研究所総務企画部長】

上の写真は会場となった奈良県橿原文化会館

上の写真はパネルディスカッションの様子。
左手より菅谷 文則氏、豊岡 卓之氏、李 恩碩氏、井上 主悦氏、王 巍氏、岡林 孝作氏

王 巍氏のプレゼンテーションの一コマ。

上の写真はパネルディスカッションでの王 巍氏、岡林 孝作氏のズームアップ写真。
今回のフォーラムでの目玉は何と言っても三国志の英雄・曹操(155~220年)の墓が
中国河南省安陽市の西北15Kmの安陽県安豊郷西高穴村の2基の墓を2008年12月から
調査発掘し河南省文物局が昨年(2009年)曹操の高陵であると発表された。
魏武王曹操の墓であると結論づけた根拠について下記のように説明されました。
西高穴2号墓が魏武王曹操の墓であるとした根拠
1)墓葬の形態と構造が洛陽発見の大墓(曹魏正始八年(247))同じであり曹操が
活躍した場所と時代に合致する。
2)墓葬の規模が大きく王侯級の墓であろうと推論できる
3)副葬品(7品の銘碑)に「魏武王」が彫られていた。
紀元220年10月に曹操は皇帝の曹丕(そうひ)より魏武王の位を与えられた。
4)墓葬の立地
曹操が遺言した高きに因りて基となし、封ぜず樹せずという要求に一致する
形態である。
5)墓葬の地理的位置
曹操高陵は鄴城(ぎょうじょう)西三十里に位置するという文献と符号する。
6)墓誌の発見(1998年)地点から魏武王曹操の墓の位置が記載されており
その位置関係が西高穴2号墓の位置に符号する
7)曹操の遺言で金玉製の礼器を埋葬しないということに対して、副葬品に
金玉製の礼器が発見されなかった。
8)出土の陶器に彩陶が施されていない(遺言に一致)
9)人骨の年齢が60歳前後で65歳で死去の曹操と符号する
その他曹操の時代に使用されていた銅銭の出土もあった。
関連サイトの紹介
奈良県立橿原考古学研究所
東アジアの王墓と桜井茶臼山古墳
曹操陵に対して異論も多いようです。
小生のBlogからExciteのNewsをご覧ください。
以下は曹操に関連する私のBlogの記事です。
神戸新長田における記念写真用曹操像
曹操像 in新長田
神戸の関帝廟
曹操像 in神戸ハーバーランド
by seiyo39
| 2010-11-04 18:17
| その他
|
Comments(4)
曹操墓の記事について検索していてたどりつきました。
写真を撮られている方向から見て、あなた様のかなり近くに座っていたと思います(もしかして斜め前の方かしら・・・)
曹操墓目当てに他の用事をキャンセルして行ったのですが、すばらしかったです。
写真を撮られている方向から見て、あなた様のかなり近くに座っていたと思います(もしかして斜め前の方かしら・・・)
曹操墓目当てに他の用事をキャンセルして行ったのですが、すばらしかったです。
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出席者の一人 様
訪問及びコメントをいただきありがとうございました。
当日は新聞によれば約650人ほどの方が日本で
初めて報告された曹操陵他のプレゼンを聴いた
ようです。
私も当日、神戸を6時前に出発し、出席しました。
訪問及びコメントをいただきありがとうございました。
当日は新聞によれば約650人ほどの方が日本で
初めて報告された曹操陵他のプレゼンを聴いた
ようです。
私も当日、神戸を6時前に出発し、出席しました。
こんにちは。お初にお目にかかります。
小生も当日、三重県から参加致しまして、講演とパネルディスカッションを聞いていました。
(座っていた位置はお近くでは無いようです^^)
会場で見聞きしたことを自分なりにネット上でまとめようと思っているのですが、お書きになった記事はリンクさせて頂いても大丈夫でしょうか?
小生も当日、三重県から参加致しまして、講演とパネルディスカッションを聞いていました。
(座っていた位置はお近くでは無いようです^^)
会場で見聞きしたことを自分なりにネット上でまとめようと思っているのですが、お書きになった記事はリンクさせて頂いても大丈夫でしょうか?
巫氏春秋の巫俊(ふしゅん)様
コメントありがとうございました。
小生のBlogはリンクフリーとしていますので
リンクOKです。
神戸市の新長田では商店街が中心として
三国志を町おこしの材料として利用されています。
是非、神戸へもお立ち寄りください。
コメントありがとうございました。
小生のBlogはリンクフリーとしていますので
リンクOKです。
神戸市の新長田では商店街が中心として
三国志を町おこしの材料として利用されています。
是非、神戸へもお立ち寄りください。

















