岡方惣会所跡の碑 |
2011-2-21撮影
上の写真が岡方惣会所跡の碑です。
上の写真は現地の説明板。
岡方惣会所跡の碑と説明板の遠景。
碑のある場所は神戸市兵庫区本町2丁目3付近で地図を掲載しておきます。
徳川時代の兵庫津の市街地(中心部)は北から北浜、岡方、南浜と分かれていた。
これを三方(みかた)と称していた。
この行政区は地子方(じしかた)と呼ばれており大坂町奉行支配で、派遣された
与力が管轄していた。
岡方は浜に接しない町々で当時の町名で磯之町、南中町、神明町、西柳原町
三川口町、佐比江町などがあった。
三方には各惣会所があって、そこに名主が出勤して、総代や年寄などを指揮して
行政を行っていた。この三方の名主は月番を定めて、三方全体の行政を交替で
行い、兵庫の町は自治的に治められていた。
明治時代になってこの制度は廃止され、現在、岡方は「岡方協議会」と改称し、
地域の利権を守る活動がされています。
参考として現在の西出町自治協議会の公式HPへリンクさせていただきます。
北惣会所は鍛冶屋町に置かれ、南浜惣会所は新在家に置かれていました。