2011年 05月 30日
奈良散策記 その12 吉備姫王墓と猿石 |
2011年5月16日に吉備姫王墓と猿石の写真を撮ってきましたので紹介します。
奈良散策記シリーズ過去のブログにリンクしておきます。
まず、吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)について明日香村作成の現地説明板
より引用させていただきます。
「墓名を檜隈墓と称する。孝徳天皇と皇極(斉明)天皇の生母にあたり、「日本書紀」
によれば吉備姫王(吉備嶋皇祖母命)は皇極天皇2年9月に亡くなり檀弓岡(まゆみのおか)
に葬られたとある。また、「延喜式」諸陵寮には欽明天皇陵と同じ陵域内に墓があると
記されていることから、現在地に指定されている。
墓域内には江戸時代に欽明天皇陵の南側の字イケダの水田から掘り出された
石造物4体があり、猿石と称されている。」
より引用させていただきます。
「墓名を檜隈墓と称する。孝徳天皇と皇極(斉明)天皇の生母にあたり、「日本書紀」
によれば吉備姫王(吉備嶋皇祖母命)は皇極天皇2年9月に亡くなり檀弓岡(まゆみのおか)
に葬られたとある。また、「延喜式」諸陵寮には欽明天皇陵と同じ陵域内に墓があると
記されていることから、現在地に指定されている。
墓域内には江戸時代に欽明天皇陵の南側の字イケダの水田から掘り出された
石造物4体があり、猿石と称されている。」

上の写真は吉備姫王墓である。

上の写真も吉備姫王墓で円墳であることがなんとなく判ります。

上の写真は「男」という愛称がつけられています。

上の写真は右手が「男」左手には「僧(法師)」の愛称がつけられています。

上の写真は「山王権現」という愛称がつけられています。

上の写真は「女」という愛称がつけられています。
上の4枚の写真は4体の猿石です。
実際には、猿ではなく渡来人を象ったものであるといわれている。
4体のうち僧以外の3体は背面にも顔があるそうです。
僧の背面には肋骨らしきものが彫られている。
天皇系図へのリンク
by seiyo39
| 2011-05-30 07:31
| 奈良情報
|
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