2011年 10月 21日
NHK日めくり万葉集 第373回 NHK教育テレビ 10月12日放送を視聴して |
NHK教育テレビで月曜~金曜日 10:25~10:30 日めくり万葉集が
放送されています。今回は10月12日(水)に放送された万葉集を紹介します。
選者は25代冷泉家当主の冷泉為人 氏である。

上の写真が10月12日に放送された柿本人麻呂が詠んだ歌である。
淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返す
柿本人麻呂 (巻3・251)
口語訳は下記のとおりである
淡路の野島の崎の浜風に 妻が再開を祈って結んでくれた着物の紐を
吹き返させている
柿本人麻呂が九州に行く旅の途中に詠んだ8首のうちの1つです。
バックに写っているのは淡路島と明石海峡大橋でこの歌の選者の冷泉為人 氏が
淡路島の対面の印南野(播磨)の出身であることがこの歌を選んだ理由の
一つだったそうです。

上の写真は選者の冷泉為人 氏です。
多分、京都の自宅で取材されたのだと思います。
冷泉為人氏についてWikipediaより引用させていただきます。
兵庫県加古郡稲美町生まれ。旧姓名、松尾勝彦。上冷泉家第24代当主冷泉為任
および布美子夫妻の長女貴実子と結婚し、旧華族で伯爵家の上冷泉家を継ぐ。
冷泉勝彦を名乗っていた時期もあるが、上冷泉家歴代当主のに合わせるため、
のち正式に為人と改名。
1968年(昭和43年)、関西学院大学文学部美学科卒業。1973年(昭和48年)、
関西学院大学大学院文学研究科美学美術史専攻博士課程修了。
京都国立近代美術館勤務を経て、1978年(昭和53年)、大手前女子大学専任講師。
1983年(昭和58年)、大手前女子大学助教授。
1993年(平成5年)、大手前女子大学教授。
1996年(平成8年)、池坊学園理事評議員。
1999年(平成11年)、池坊短期大学学長。
2002年(平成14年)、池坊短期大学学長を退職。
同年4月から財団法人冷泉家時雨亭文庫理事長。
2004年(平成16年)から、同志社女子大学客員教授。

上の写真は冷泉の邸内にある御文庫(おぶんこ)と呼ばれる蔵で、藤原定家自筆の
古今和歌集をはじめ和歌にかかる貴重な文化財が収納されているそうです。
この御文庫には当主以外は入れないそうです。

上の写真は上記の蔵にある藤原定家自筆の古今和歌集(1226年)

上の写真は新春和歌会始での冷泉為人氏。
鎌倉時代、和歌は出家の西行と藤原俊成の「幽玄体」に始まり、藤原俊成の子である
藤原定家の「有心体」によって頂点を極めることになる。
また藤原定家は晩年には、古代以来の秀歌を集めた「小倉百人一首」の撰を手がけた。
そして、定家の子供は為家でその後和歌の宗家として二条家、京極家、
冷泉家に分かれ、その後の歌壇の指導にあたった。
しかし、やがて二条家、京極家は断絶し為相を祖とする冷泉家のみが800年の
長きにわたり、和歌の宗家としての伝統を今日に伝える。
冷泉為相から為秀、為邦、為尹と続き冷泉為尹の子供の代から上冷泉と
下冷泉に分かれ現在の当主冷泉為人 氏は上冷泉の系統である。


上の2枚の写真は今回紹介された歌の作者柿本人麻呂の絵です。
作者は伝兆殿司。
NHK日めくり万葉集を視聴して その1(小生のBlog)
放送されています。今回は10月12日(水)に放送された万葉集を紹介します。
選者は25代冷泉家当主の冷泉為人 氏である。

上の写真が10月12日に放送された柿本人麻呂が詠んだ歌である。
淡路の 野島の崎の 浜風に 妹が結びし 紐吹き返す
柿本人麻呂 (巻3・251)
口語訳は下記のとおりである
淡路の野島の崎の浜風に 妻が再開を祈って結んでくれた着物の紐を
吹き返させている
柿本人麻呂が九州に行く旅の途中に詠んだ8首のうちの1つです。
バックに写っているのは淡路島と明石海峡大橋でこの歌の選者の冷泉為人 氏が
淡路島の対面の印南野(播磨)の出身であることがこの歌を選んだ理由の
一つだったそうです。

上の写真は選者の冷泉為人 氏です。
多分、京都の自宅で取材されたのだと思います。
冷泉為人氏についてWikipediaより引用させていただきます。
兵庫県加古郡稲美町生まれ。旧姓名、松尾勝彦。上冷泉家第24代当主冷泉為任
および布美子夫妻の長女貴実子と結婚し、旧華族で伯爵家の上冷泉家を継ぐ。
冷泉勝彦を名乗っていた時期もあるが、上冷泉家歴代当主のに合わせるため、
のち正式に為人と改名。
1968年(昭和43年)、関西学院大学文学部美学科卒業。1973年(昭和48年)、
関西学院大学大学院文学研究科美学美術史専攻博士課程修了。
京都国立近代美術館勤務を経て、1978年(昭和53年)、大手前女子大学専任講師。
1983年(昭和58年)、大手前女子大学助教授。
1993年(平成5年)、大手前女子大学教授。
1996年(平成8年)、池坊学園理事評議員。
1999年(平成11年)、池坊短期大学学長。
2002年(平成14年)、池坊短期大学学長を退職。
同年4月から財団法人冷泉家時雨亭文庫理事長。
2004年(平成16年)から、同志社女子大学客員教授。

上の写真は冷泉の邸内にある御文庫(おぶんこ)と呼ばれる蔵で、藤原定家自筆の
古今和歌集をはじめ和歌にかかる貴重な文化財が収納されているそうです。
この御文庫には当主以外は入れないそうです。

上の写真は上記の蔵にある藤原定家自筆の古今和歌集(1226年)

上の写真は新春和歌会始での冷泉為人氏。
鎌倉時代、和歌は出家の西行と藤原俊成の「幽玄体」に始まり、藤原俊成の子である
藤原定家の「有心体」によって頂点を極めることになる。
また藤原定家は晩年には、古代以来の秀歌を集めた「小倉百人一首」の撰を手がけた。
そして、定家の子供は為家でその後和歌の宗家として二条家、京極家、
冷泉家に分かれ、その後の歌壇の指導にあたった。
しかし、やがて二条家、京極家は断絶し為相を祖とする冷泉家のみが800年の
長きにわたり、和歌の宗家としての伝統を今日に伝える。
冷泉為相から為秀、為邦、為尹と続き冷泉為尹の子供の代から上冷泉と
下冷泉に分かれ現在の当主冷泉為人 氏は上冷泉の系統である。


上の2枚の写真は今回紹介された歌の作者柿本人麻呂の絵です。
作者は伝兆殿司。
NHK日めくり万葉集を視聴して その1(小生のBlog)
by seiyo39
| 2011-10-21 18:12
| その他
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