下畑 常夜燈の碑 on 2011-10-12 |
撮影:2011-10-12

上の写真が下畑の常夜燈の石碑です。
右側面:往来安全
正面: 常夜燈 真グ 多井畑
厄除八幡宮道
左測面: 明治40年一月
裏面: 石坂徳三郎
昔、山陽道は海岸線を通っていない時期があり、須磨から高倉山に出て
多井畑厄神から塩屋谷川沿いを塩屋に出る迂回路を通っていました。
所謂、古山陽道と言われる道です。
古山陽道沿いで下畑村の一番の中心街に設けられていたのが常夜燈です。
石碑には多井畑厄神まですぐであるとの表示があります。古山陽道について(小生のBlogより)
畑地域は平安時代まで須磨の鉢伏山の海岸は海岸沿いが絶壁になっており
山陽道は須磨の綱敷天満宮附近より北に迂回し多井畑を通り塩屋谷川沿いに
塩屋、滝の茶屋に抜ける道が古山陽道と呼ばれ、延喜元年(901)右大臣菅原道真は
藤原時平の換言により九州大宰府に流されましたがそのときも神戸から陸路で
明石海峡をを過ぎるまでこの古山陽道を利用したと伝えられています。

上の写真は切り絵作家として著名な伊藤太一先生が描いた常夜燈付近の
下畑村の光景です。
昔の風情が感じられる町並みです。


















