2011年 11月 19日
神戸市立埋蔵文化財センターの銅鐸展示 on 2011-11-17 |
2011年11月17日(木)に神戸市立埋蔵文化財センターに行ってきました。
本日は、銅鐸の展示の写真を紹介します。
まず、Wikipediaによる銅鐸の解説を引用させていただきます。
銅鐸(どうたく)は、弥生時代に製造された釣鐘型の青銅器である。当時の呼び方は不明。
中国で鐘を「鐸」と言うことから明治以降「銅鐸」と呼ばれるようになった。
横になった状態で出土することが多く、その姿が蛹に似ていることから、
江戸時代は「蛹(さなぎ)」と呼ばれた。
銅鐸は、紀元前2世紀から2世紀の約400年間にわたって作り用いられた祭器である。
これまでに出土した銅鐸は全国で約500個である。
主な出土数は以下の通り(平成13年3月末 文化庁調べ)
兵庫県 56点
島根県 54点
徳島県 42点
滋賀県 41点 和歌山県 41点

上の写真は神戸市立埋蔵文化財センターの屋外に展示されている銅鐸の複製品です。
この銅鐸は昭和39年、神戸市灘区桜ヶ丘町から出土した14個の銅鐸の1つで
桜ヶ丘4号銅鐸を複製したものだそうです。
原品は神戸市立博物館に保管されています。
14個の銅鐸の高さは21.8cmから64.1cmの範囲です。


上の2枚の写真はその銅鐸のアップ写真です。(いずれもA面)
形式は袈裟襷文。
4号銅鐸のA面には右上に魚をくわえた水鳥、左上に水を飲んでいるような動物と
アメンボウ、左下には工字状器具をもつ人物、右下に弓を持ちシカを捕らえている
人物が描かれている。
B面にはクモまたはアメンボウ、カマキリ、トンボ、イモリまたはトカゲ、スッポン
またはカメが描かれ、両面とも裾(すそ)にシカの親子が描かれている。



上の3枚の写真は館内ロビーの展示物です。
この銅鐸は桜ヶ丘6号銅鐸と同じ成分で複製されているとの解説文がありました。
銅鐸は銅を主成分として鉛と錫を加えた合金で写真のように作製直後は金色に
輝いています。
桜ヶ丘銅鐸のことが詳しく書かれているサイトへのリンク1
桜ヶ丘銅鐸のことが詳しく書かれているサイトへのリンク2

上の写真は常設展示の銅鐸で、神戸市東灘区本山南町から1990年に出土した
本山銅鐸です。
解説文をそのまま引用させていただきます。
「この銅鐸は吊り手の一部がなくなっていますが、もとの高さは22cmほどの小型
のものです。表面は三角形や格子目などの幾何学文で飾られたもので、見つかった
時は赤銅色をしていました。作りそこねてできた穴の部分は、丁寧に補修されて
います。その様子はレントゲン写真で良く見えます。」
同じく神戸市埋蔵文化財センターの展示から神戸市内の銅鐸を纏めておきます。
銅鐸名 所在地 出土数発見年&形式
森銅鐸 東灘区森北町6丁目 1口 昭和33年(1958)袈裟襷文
生駒銅鐸 東灘区本山北町 1口 昭和39年(1964)袈裟襷文
本山銅鐸 東灘区本山南町 1口 平成2年(1990) 袈裟襷文
渦森銅鐸*2 東灘区渦森台1丁目 1口 昭和9年(1934) 袈裟襷文
桜ヶ丘銅鐸 灘区桜ヶ丘町神岡 14口 昭和39年(1964) *1
伝大月山銅鐸 灘区大月山 1口 不明 袈裟襷文
投上銅鐸 垂水区舞子坂3丁目 1口 昭和3年(1928) 袈裟襷文
*1 1 ~3号銅鐸 流水文 4 ~14号銅鐸 袈裟襷文
*2 銅鐸の写真
銅鐸に関してのリンク集をつくりました。
2.東京大学博物館 銅鐸の音声を聞ける
3.豊中歴史研究会
4.島根県 加茂岩倉遺跡
5.辰馬考古資料館 辰馬考古資料館 平成13年度秋季展
6.ブルタニカ百科事典による銅鐸の解説(英文)
8.全国の銅鐸データベース
9.銅鐸に関する文献
本日は、銅鐸の展示の写真を紹介します。
まず、Wikipediaによる銅鐸の解説を引用させていただきます。
銅鐸(どうたく)は、弥生時代に製造された釣鐘型の青銅器である。当時の呼び方は不明。
中国で鐘を「鐸」と言うことから明治以降「銅鐸」と呼ばれるようになった。
横になった状態で出土することが多く、その姿が蛹に似ていることから、
江戸時代は「蛹(さなぎ)」と呼ばれた。
銅鐸は、紀元前2世紀から2世紀の約400年間にわたって作り用いられた祭器である。
これまでに出土した銅鐸は全国で約500個である。
主な出土数は以下の通り(平成13年3月末 文化庁調べ)
兵庫県 56点
島根県 54点
徳島県 42点
滋賀県 41点 和歌山県 41点

上の写真は神戸市立埋蔵文化財センターの屋外に展示されている銅鐸の複製品です。
この銅鐸は昭和39年、神戸市灘区桜ヶ丘町から出土した14個の銅鐸の1つで
桜ヶ丘4号銅鐸を複製したものだそうです。
原品は神戸市立博物館に保管されています。
14個の銅鐸の高さは21.8cmから64.1cmの範囲です。


上の2枚の写真はその銅鐸のアップ写真です。(いずれもA面)
形式は袈裟襷文。
4号銅鐸のA面には右上に魚をくわえた水鳥、左上に水を飲んでいるような動物と
アメンボウ、左下には工字状器具をもつ人物、右下に弓を持ちシカを捕らえている
人物が描かれている。
B面にはクモまたはアメンボウ、カマキリ、トンボ、イモリまたはトカゲ、スッポン
またはカメが描かれ、両面とも裾(すそ)にシカの親子が描かれている。



上の3枚の写真は館内ロビーの展示物です。
この銅鐸は桜ヶ丘6号銅鐸と同じ成分で複製されているとの解説文がありました。
銅鐸は銅を主成分として鉛と錫を加えた合金で写真のように作製直後は金色に
輝いています。
桜ヶ丘銅鐸のことが詳しく書かれているサイトへのリンク1
桜ヶ丘銅鐸のことが詳しく書かれているサイトへのリンク2

上の写真は常設展示の銅鐸で、神戸市東灘区本山南町から1990年に出土した
本山銅鐸です。
解説文をそのまま引用させていただきます。
「この銅鐸は吊り手の一部がなくなっていますが、もとの高さは22cmほどの小型
のものです。表面は三角形や格子目などの幾何学文で飾られたもので、見つかった
時は赤銅色をしていました。作りそこねてできた穴の部分は、丁寧に補修されて
います。その様子はレントゲン写真で良く見えます。」
同じく神戸市埋蔵文化財センターの展示から神戸市内の銅鐸を纏めておきます。
銅鐸名 所在地 出土数発見年&形式
森銅鐸 東灘区森北町6丁目 1口 昭和33年(1958)袈裟襷文
生駒銅鐸 東灘区本山北町 1口 昭和39年(1964)袈裟襷文
本山銅鐸 東灘区本山南町 1口 平成2年(1990) 袈裟襷文
渦森銅鐸*2 東灘区渦森台1丁目 1口 昭和9年(1934) 袈裟襷文
桜ヶ丘銅鐸 灘区桜ヶ丘町神岡 14口 昭和39年(1964) *1
伝大月山銅鐸 灘区大月山 1口 不明 袈裟襷文
投上銅鐸 垂水区舞子坂3丁目 1口 昭和3年(1928) 袈裟襷文
*1 1 ~3号銅鐸 流水文 4 ~14号銅鐸 袈裟襷文
*2 銅鐸の写真
銅鐸に関してのリンク集をつくりました。
2.東京大学博物館 銅鐸の音声を聞ける
3.豊中歴史研究会
4.島根県 加茂岩倉遺跡
5.辰馬考古資料館 辰馬考古資料館 平成13年度秋季展
6.ブルタニカ百科事典による銅鐸の解説(英文)
8.全国の銅鐸データベース
9.銅鐸に関する文献
by seiyo39
| 2011-11-19 07:57
| 神戸情報
|
Comments(0)

















