東日本大震災復興祈念 舞楽公演 in 神戸市立博物館 on 2012-3-11 |
いましたので写真紹介します。
舞楽公演の基本情報
1.日時:2012年3月11日(日)15:00~16:10
2.場所:神戸市立博物館 1階ホール(神戸市中央区京町24番地)
3.演者:天王寺楽所 雅亮会(てんのうじがくそ がりょうかい)
4.演目: 狛鉾(こまぼこ)
蘭陵王(らんりょうおう)
舞楽の公演に先立ち東日本大震災のあった14時46分から1分間の黙祷
が行われ犠牲者の鎮魂と震災からの復興を祈った。
舞楽とは、奈良時代に、インド、中国、朝鮮半島を経て日本に伝えられた音楽(雅楽)と
舞いのことですが、発祥の地インドはもとよりベトナム、中国、朝鮮半島にも
現在は残っていません。
伝承された当時は宮廷(京都)、南都(奈良)、四天王寺(大阪)の3箇所に設けらた
雅楽団体によって演じられてきました。
中でも四天王寺の樂所(がくそ)は中心的な存在で天王寺楽所 雅亮会はその伝統を
引き継いでいます。
詳細は天王寺楽所 雅亮会の公式HPを参照してください。
12世紀後期に平清盛が大阪四天王寺から楽所(がくそ)を宮島に移して
厳島神社で盛んに演じられてきました。
現在でも蘭陵王(らんりょうおう)、納曽利(なそり)、万歳楽(まんざいらく)
他二十数曲が現在も嚴島神社に伝承されています。
詳細は下記のサイト(宮島 厳島神社での舞楽 By 宮島観光協会)。
http://www.miyajima.or.jp/culture/culture_bugaku.html
前置きが長くなりましたが写真を紹介していきます。

上の写真は音楽(雅楽)に用いられる楽器の紹介と単独楽器による演奏。



上の3枚の写真は演目「狛鉾」の公演です。
Goo辞書によれば狛鉾(こまぼこ)は下記のように解説されています。
「雅楽。高麗楽(こまがく)。高麗壱越(こまいちこつ)調の中曲。舞は四人または二人舞で、
高麗の貢船の船棹(ふなざお)の操作をうつしたという。花釣楽。」
狛鉾の詳しい解説 By 内宮神苑 神宮舞楽
http://www.amigo2.ne.jp/~shu01/120-bugaku.htm
You Tubeにアップ紹介されている「狛鉾」
他に画像が見れるサイト(雅楽の音楽が流れてきます)
http://hiroshimakagura.at.webry.info/201001/article_7.html

上の写真は演目「蘭陵王(らんりょうおう)」の公演です。
蘭陵王の解説 By Wikipedia
「蘭陵王(らんりょうおう)は雅楽の曲目の一つ。管絃にも舞楽にも奏される。
別名蘭陵王入陣曲、短縮して陵王とも呼ばれる。
管絃演奏時には蘭陵王、舞楽演奏時には陵王と表す。
左方(唐楽)に属する壱越調(いちこつちょう)の一人舞で、華麗に装飾された
仮面を被る勇壮な走り舞。答舞は納曽利(なそり)。
林邑の僧である仏哲が日本にもたらしたものと言われ、元は沙陀調(さだちょう)
であったが日本で壱越調に転調した。中国風の感じが残ると言われる美しい曲。
北斉の蘭陵王高長恭の逸話にちなんだ曲目で、眉目秀麗な名将であった蘭陵王が
優しげな美貌を獰猛な仮面に隠して戦に挑み見事大勝したため、兵たちが喜んで
その勇士を歌に歌ったのが曲の由来とされている。
武人の舞らしい勇壮さの中に、絶世の美貌で知られた蘭陵王を偲ばせる
優雅さを併せ持つ。」
You Tube舞楽 蘭陵王 (らんりょうおう)
北斉の蘭陵王長恭は美しい顔を仮面に隠して戦いに挑み、敵を撃破したという
伝承を基に雅楽として伝承されてきたものである。
6世紀の後半(南北朝時代)、中国大陸は北朝の北周(556-581)と北斉(550-577)
南朝の陳(557-589)が覇権を争っていました。
蘭陵王は北斉の皇族で文襄帝高澄の第四子。名は高長恭。
北周に勝利した時の物語である。
神戸新聞のBlogに同じテーマで上手くまとめられています(下記サイト)。
http://www8.kobe-np.co.jp/blog/shinsai17/2012/03/post-43.html
最後に天王寺楽所 雅亮会について補足記載させていただきます。
雅亮会は明治維新(1868)時、東京遷都の時、宮廷や南都の樂所とともに樂人が
東京に移ったため、天王寺楽所は解体の危機に陥った。
大阪の仏教僧の小野樟蔭は天王寺樂人や民間の篤志家を集めて天王寺舞楽の
再興を図り、その結果明治17年(1884)に雅亮会が設立されました。

















