世界遺産賀茂別雷神社(上賀茂神社)訪問記 on 2012-3-21 |
写真紹介します。
通称我々は上賀茂神社と呼んでいますが正式な呼び名は賀茂別雷神社
(かもわけいかづちじんじゃ)だそうです。
賀茂別雷神社(上賀茂神社)の基本情報
住所:京都市北区上賀茂本山339 TEL:075-781-0011
祭神:賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)
山城国一宮 ご利益:雷の御神威により厄を祓い災いを除く
京都五社の一つで北(玄武)の方向の鬼門の守り神として方除の信仰が篤い
公式HP
京都五社めぐりの神社
1.賀茂別雷神社(上賀茂神社)
2.平安神宮
3.八坂神社
4.城南宮
5.松尾神社
上の写真は上賀茂神社のシンボル的存在の楼門(重要文化財)
上の写真は特別参拝の案内ポスターです本殿、権殿(いずれも国宝)の写真撮影が禁止のため
上記のポスターの権殿の写真を見てもらう為にもってきました。
本殿と権殿は両方とも江戸時代 文久3年(1863)の建築だそうです。
三間社 身舎側面二間 下賀茂社本殿とともに流造本殿の最も基本形を伝える。
上の写真は新宮神社 心にうるおいを与える心身健全・若返りの神様の拝殿と本殿です。
本殿は1間社身舎側面1間の流造本殿で寛永5年(1628)の建築で重要文化財となっています。
上の写真は良縁、子宝、家運繁栄などにご利益のある片山御子神社(片岡社)です。
奥の本殿は寛永5年(1628)の建築で重要文化財となっています。
賀茂別雷神社(上賀茂神社)の歴史 By Wikipedia
創建については諸説ある。社伝では、神武天皇の御代(678)に賀茂山の麓(神山)の
御阿礼所に賀茂別雷命が降臨したと伝える。
『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた
丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷命で、
兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝える。
丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。玉依日売とその父の
賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている。国史では、文武天皇2年(698年)3月21日、
賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で、他にも天平勝宝2年(750年)に
御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる。
上の写真中央が賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)が降臨したと伝えられている
神山(こうやま)。
最後に上賀茂神社のシンボル楼門の写真です。皆様にご利益がありますように。