瀬川露城の句碑 in 禅昌寺 on 2012-5-16 |
撮影:2012-5-16

上の写真は禅昌寺の瀬川露城の句碑で
「濃うすき もみぢはいづれ 寺の塵」と詠まれています。
作者の瀬川露城(本名は正夫。別号に俳禅窟、寝覚庵)は姫路の人で嘉永4年(1851)
生まれ、明治15年(1882)豊岡師範の教師をやめて実業界に入り、明治40年(1907)
4月、松尾芭蕉の墓がある大津義仲寺無名庵第十五世となって粟津正風会を創立しました。
芭蕉をまつる翁(おきな)堂の修築や境内の整備などにつとめた。
昭和3年(1928)5月8日 78歳で没。
ひところ大阪や須磨に住んだといわれています。
代表作
秋草をうゑこみて「さまざまの露ひとむらのさかり哉」
粟津野に深田も見えず月の秋
大寺の甍に傾る紅枝垂
観山神の派手に狂うて花ふぶき

上の写真は5月の新緑に映える禅昌寺の本堂です。

















