今里伝兵衛ゆかりの頌徳碑(しょうとくひ)と新井(しんゆ)改修記念碑 in 播磨町 on 2012-6-9 |
頌徳碑(しょうとくひ)と新井(しんゆ)改修記念碑を写真紹介します。
撮影:2012-6-9
播磨南中学校の基本情報住所:播磨町古宮243番地の9号
TEL: 078-943-6622
1979年4月1日に 播磨町立播磨中学校から分離して開校した新設校です。

上の写真は播磨町立播磨南中学校の体育館の前に設置された今里伝兵衛ゆかりの
頌徳碑他の石碑群です。

上の写真は新井水路改修記念碑です。
昭和35年(1960)3月に竣工したのを記念して建てられたものです。
国庫の補助を受け総事業費7千万円、延べ6万7千473人の労力により完成。
600haの農地に水が供給されています。

上の写真は明暦年間(1655-1657)に新井の工事を先導した功労者今里伝兵衛を
讃える頌徳碑(しょうとくひ)です。昭和3年(1928)に建立されたものです。
もとは大歳神社にありましたが播磨南中学校に移設されました。
加古川から水を分水して13Kmの水路を経て播磨南中学校が建つ大池まで
新井は続いています。工事が完成して通水するときに今里伝兵衛は白装束で
現われたという話があります。新井の平均勾配は4千分の1です。難工事も末の
通水である。もし加古川から水が流れてこなかったたら切腹するつもりでいた
今里伝兵衛は最後まで責任をとるという強い決意があった。
このような生き方を播磨南中学校の生徒が学ぶという意図もこめられて頌徳碑が
移設されたものと推察する。
二宮尊徳を全国一律の生き方の見本とした戦前の教育の流れは今も続いている。
教科書検定が全国一律で文科省主導で実施されていることがその例である。
地方地方の特徴を生かした個性ある教育を望むものである。

上の写真は新井記略碑で、享保5年(1720)に建立されたものです。
こちらの石碑も大歳神社にありましたが播磨南中学校に移設されました。
播磨町立播磨南中学校の校歌の2番は下記のとおりです。
山口 昭二 作詞、玉岡松一郎 補作
山本 慎一 作曲
「恵みの新井水ゆたか
拓きし人の生れし里
徳をしたいつともがらが
睦みて心育てゆく
ああわれら
播磨南の名を負いて
ともにともに生きぬかん」
上記のように新井(しんゆ)についていかに土地の五穀豊穣に貢献してきてかが
みてとれます。
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加古川の恩恵を受けている、と書いてあることが許せません。中学教師時代は、生徒と歩いて辿りました。現地を見ることが特に大事ですから。ただし、批判をはじめた生徒には、「もっと、すごいことあるやんか?」と、多くの生徒が気付いていた「高低差のない中で、水を蛇行しながら通していること」でした。フィールドワークと言えば、格好つけているようなので言いたくないですが…。
丁寧な解説をありがとうございました。実際に新井用水を歩いていないため不十分な内容となってしまいました。昨日(10/6)まで萩に行っていたため返信が遅くなってしまいました。生徒たちに考える授業を実践されていた吉川様には頭が下がります。播磨町はジョセフ・ヒコの新聞発行150年で記念切手の発行やら企画展示やらで盛り上がっていますネ。・・・・・

















