箸墓古墳の赤色立体地図 |
古墳(3世紀後半、全長約280メートル)の3次元(3D)画像を、県立橿原考古学研究所と
測量会社「アジア航測」(東京)が合同で作製し、2012年6月5日に発表した。
詳細な内容は下記を参照。
http://www.kashikoken.jp/from-site/2012/hashihaka_rittaichizu.pdf
この内容の解説が6月19日 5時41分から5時45分NHKで紹介されたので写真で
紹介します。

上の写真は地上から箸墓古墳を撮ったものです。

上の写真は箸墓古墳を上空から撮った写真です。

上の写真は3次元航空レーザー計測の原理の説明でヘリコプターを500mの高度で
70Km/hrの速度で飛ばし、そこから400KHzの出力パルスレートのレーザーを
1秒間に40万発発射し1㎡あたり66発以上がデータとして記録するものである。
繁っている木の影響は補正される仕組みとなっている。

上の写真が上記原理で実測された箸墓古墳の3次元画像(赤色立体地図)である。
測定は2012年4月9日に実施された。
全長は276m、後円部径約156m、高さ26m、前方部前面幅132m、高さ17m
後円部は5段(墳頂の円丘部を含む)、前方部は4段と考えられる。
今回新たに確認されたのは下記のとおり
1)後円部頂部の円丘を囲む環状の高まりがあること
2)前方部と後円部の境の場所にくぼみがあること

上の写真は今回の計測担当者:県立橿原考古学研究所の西藤清秀副所長と
アジア航測の藤井紀綱氏 場所はアジア航測の大阪市北区の事務所。

上の写真は今回の計測の意義について「古墳の変遷過程明らかにする上で絶対に
必要なこと」と述べられる近つ飛鳥博物館の館長で古墳研究第一人者の
白石太一郎氏。

上の写真は別の角度から見た箸墓古墳の赤色立体地図。
後円部南東の溝が中央部付近にあるが江戸時代に、箸中長者の経営する茶店が
そのあたりにありその影響とも思われる。
主に伊勢参りの旅人を相手に飴・甘味が名物として売られていたという。



上の3枚の写真は7月8日(日)21時からのNHKスペシャル 知られざる大英博物館(3)
日本の巨大古墳の謎から撮ったものです。
これで、写真に関する説明が終わりましたので箸墓古墳に関わる疑問点について2,3
考えてみます。
1.箸墓古墳の造営年代
西暦240-260年頃
国立歴史民俗博物館春成秀爾名誉教授が2009年5月30日に発表
出典:箸墓古墳、卑弥呼の生前に築造開始か 歴博が研究発表”.
朝日新聞. (2009年5月31日).
3世紀中ごろ
国立歴史民俗博物館考古研究系教授の広瀬和雄氏
3世紀中葉過ぎ
前述の白石太一郎氏
280年から290年
兵庫県立考古博物館館長の石野博信氏
いづれの年代にせよ箸墓古墳は日本最古の前方後円墳などと紹介されるが、
箸墓よりも築造が早かったともされる出現期の前方後円墳が多数あります。
例:ホケノ山古墳、纒向勝山古墳、纒向矢塚古墳、神門5号墳、神門4号墳、
辻畑古墳、纒向石塚墳丘墓など
2.箸墓古墳の被葬者
卑弥呼
前述の白石太一郎氏
台与の墓
兵庫県立考古博物館館長の石野博信氏
崇神天皇の墓
県立橿原考古学研究所の寺沢薫氏
倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓(第7代孝霊天皇の皇女)
宮内庁(日本書紀に記載されている)

















