舞子六神社(その2) on 2012-11-24 |
写真を撮ってきましたので紹介します。
舞子六神社については過去に小生のBlogで紹介(下記リンク)しています。
舞子六神社
今回は溝上重夫氏の著書「舞子六神社誌」1988年3月31日郷土史研究第5集に
記載の内容をもとに境内をまわり確認しました。
舞子六神社の基本情報
住所:神戸市垂水区西舞子1-5-7 TEL:078-781-5584
公式HP
公式Blog
御祭神:
伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)
伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)
天照皇大神(あまてらすこうたいしん)
素盞男大神(すさのおのおおかみ)
月夜見大神(つくよみのおおかみ)
蛭子大神(えびすたいしん)
創建:元禄2年(1689)9月9日より古い。
神輿渡御の際に金幣3本が奉納の記録「播州明石郡山田村之住施主」
氏子: 約3,000戸 東舞子1丁目、2丁目、仲之町、戎之町、西舞子
北之町、川西町
境内社 :
四社一宇
大歳社(豊宇気比賣命)
白髭社(貴船大社)
五社稲荷(五社大明神)
須賀原社(菅原大明神)
二社一宇
大黒宮(大国主命)
戎宮(蛭子大社)
稲荷社(お松大明神)(倉稲魂大社)

上の写真は舞子六神社の遠景です。
当日は七五三参りの参拝者がおられました。

上の写真は拝殿の正面写真です。
拝殿前の狛犬は平成1年(6月)石井正氏は奉納されたものです。
手前の燈籠は山田屋与兵衛氏が亨和1年(1801)大坂永代燈一対を奉納。
左側の燈籠は一部しか写っていませんが。

上の写真は拝殿前の燈籠と手水舎です。
Aの石灯籠(左側と一対になっている)は山屋七五郎氏が天保3年(1832)に奉納
Bの手水舎は大正時代初期の造営
Cの石燈籠は舞子海産製造組合が奉納したもので建立年月日は記載されていないが
石玉垣が造られた時期(昭和4年)と大体同じ時期に奉納された推測されています。

上の写真は大鳥居の左手(西側)の常夜燈です天保6年(1835)9月に
氏子中により奉納されたものである。

上の写真は四社一宇の祠です。昭和40年(1965)に改装されました。
(右より大歳社、五社大明神、白髯大明神、須賀原大明神)


上の2枚の写真は四社一宇の祠の前にある狛犬です。
寛政7年(1795)9月吉日に奉納されたものです。旧明石郡では柿本神社の
狛犬宝暦4年(1754)ほどは古くないが大坂で製造され運搬されてきた狛犬
として貴重な文化財であると思います。


上の写真は明石柿本神社の拝殿前の狛犬。宝暦4年(1754)に奉納。

上の写真は二社一宇の祠で左手は大黒宮(大国主命)の祠、右手は戎宮(蛭子大社)。
大黒宮の左手は大黒石像、戎みやの右手は戎石像です。
二社一宇の大黒宮と戎宮は昭和40年(1965)に創建されました。
ここに設置されていた旧の戎社は移築され現在は納札所として利用されることとなった。
大黒石像と戎石像はもと垂水区歌敷山3丁目の愛徳学園にあったもので昭和40年(1965)
大西宗十郎氏と立花佐市氏が愛徳学園より購入し寄贈されたものである。
世話人は大塚勇氏。
戎、大黒の石像は日本一とされている。
戎の石像については大きさは小さいが昔からあったものが今も残っています。
昭和9年、山田村字川東2149番地に鎮座していた戎社が台風で流失したため現在地に
移築されたとの記録があるのでこの時に戎石像も移築されたものか?

上の写真は昭和13年(1936)頃の舞子六神社の境内配置図です。
現在存在していない祠として竜王の名前が見られる。
竜王は雨乞いを司る神様で寛政7年(1795)に多聞寺の塔頭の理教院、西方院、実相院
及び明王寺の宝どう院が合同で山田村宮で祈祷のあと雨乞いのため御座船を出したとの
記録(多聞寺行事諸事控)が残っています。

正一位 お松大明神の祠と鳥居。昭和38年(1963)に改修されています。
橋の下のお松さんと親しまれてきた祠で明治の終わり頃山田橋のたもと
(山田橋の東南隅)に移され、その後、六神社の境内社となった。

上の写真は旧の戎社。現在は旧札の納所として利用されています。

上の写真は社務所。

上の写真は昭和51年’1976)11月12日市民の木 第42号に指定されたえの木の
大木です。
舞子六神社の歴史を箇条書きで記します。
江戸時代前期 岩屋神社より分霊を受け、播州明石郡山田村の総鎮守として
六社大明神の社を建てる
文久2年(1862) 明石藩城主の松平慶憲が山田村神社前に台場を設置
慶応4年(1868)3月 神仏分離令により明神号を廃止。六社神社となる。
明治7年(1874)2月 社格が村社となり六神社と改称
明治10年(1877) 落雷火災により社殿消失
明治12年(1879) 神輿再建
明治13年(1880) 山田村大歳山にあった大歳神社を六神社境内に遷宮
明治23年(1890) 7月31日六神社社殿を再建
明治41年(1908)山田村川西鎮座の素盞男神社を六神社に遷宮
大正7年(1918)4月25日 山田村字舞子鎮座の稲荷神社(五社大明神)六神社に遷宮
昭和9年(1934)9月 山田村字川東2149番地に鎮座の戎神社を六神社境内に遷宮
昭和40年(1965)四社(大歳社、五社大明神、白髯大明神、須賀原大明神)を改築
四社一宇とする。
二社一宇の戎宮と大黒宮を創建する。
昭和41年(1966)社務所を新築
昭和43年(1968)明治100年記念 大鳥居と国旗掲揚柱を氏子が奉納
昭和55年(1980)神具庫を新築
平成2年(1990) 舞子漁友会、舞子農業会一同が戎・大黒宮前の鳥居を奉納
平成19年(2007)10月6日 平成の大修理

上の写真は2013年3月29日完成予定の西舞子護岸工事の様子です。

上の写真は舞子六神社から出た海岸より舞子砲台跡(現存のもの)の遠景。
本文記事の文久2年(1862)明石藩城主の松平慶憲が山田村神社前に台場を設置関連。
舞子砲台(小生のBlog)へのリンク
ふとん太鼓は収納庫の火災で焼失したため、長年、神輿だけで秋祭りを行なっていたが、
明石の岩屋神社がふとん太鼓を新調した際に、譲り受けた物を現在使用している。
「布団太鼓・舞子会」が巡行や管理を行なっている。
2014年の蒲団太鼓巡行は台風19号の影響で中止

















