福原西国観音霊場第21番の医王山広厳寺(楠寺) 訪問記 on 2013-1-9 |
写真紹介します。福原西国観音霊場33所巡りのシリーズです。
広厳寺(こうごんじ)は、楠正成とその一族の霊碑を安置している臨済宗のお寺で、
楠寺として知られる。正式名称は医王山広厳宝勝禅寺。
昔の字体では、廣嚴寺と書かれます。
延元元年(1336)5月25日の湊川の戦いの前日、楠正成は明極楚俊禅師と禅問答し
おおいに悟るところあり戦いに臨んだと言われています。
広厳寺は延元2年(1337)摂津守護職で尼崎城主であった赤松範資(のりすけ)が
4町4面の寺を復興したとの説もある。(赤松晩翠録)
現在、湊川神社にある嗚呼忠臣楠子之墓(元禄5年(1692)建立)は中興の
千巌宗般禅師(和尚)が高齢にも関わらず江戸、備前に徳川光圀公や池田綱政らに
会いに行き墓碑建立の協力を要請した結実である。
広厳寺の基本情報
住所:神戸市中央区楠町7丁目3-2 TEL:078-341-1304
宗派:臨済宗 南禅寺派 山号:医王山
開基:元徳元年(1329)明極楚俊禅師 中興:千巌宗般禅師(和尚)
御本尊:釈迦如来 札所本尊:十一面観音
御詠歌:「世の人の願ひをちぢのみてごとに すてぬちかひの仏たふとし」

上の写真はお寺の正門です。

上の写真は山内の十三重の塔です

上の写真は鐘です。鎌倉時代の様式を踏襲したもので楠正成公600回忌(1936)の
記念事業として鋳造されました。

上の写真は楠寺(広厳寺)の中興 千巌禅師景仰碑です。書は公爵 近衛文麿
碑のうらには廣嚴禅寺千巌和尚が嗚呼忠臣の建碑に奔走した様子が記されています。
(下の写真が碑の裏面の文章です)


上の写真は広厳寺のリーフレットのコピーで上記碑文の内容です。

上の写真は「南枝之梅」の碑です。昭和10年(1935)5月25日に建立。
大楠公墓碑建立の際、墓碑を建てる場所に老梅があり、広厳寺に移植された
と伝えられています。
南枝之梅の碑の背後にある現在の梅は3代目で水戸の常磐神社から贈られたもの
だそうです。(9代藩主徳川斉昭ら寵愛の梅を接木したもの)
昭和11年(1936)、楠公600年祭にあわせて贈呈を受けた。
2代目は昭和初期に枯れ死。

上の写真は広厳寺開山の佛日焔慧禅師明極大和尚(明極楚俊禅師)の碑です。
碑の右手には五輪塔があり横の石碑には累代の住職の名前が刻まれています。
神戸史談 199号(復興01号)1949/2/15 関西学院大学 武藤誠 氏の著による
「戦災で失われた郷土の遺宝」Page13 に本堂厨子に安置の木像薬師如来坐像が
藤原期の仏像で非常に価値があると述べられています。
(法隆寺新堂の本尊薬師如来像に近いとも述べられています)
記述がダブリますがWikipediaより広厳寺の解説も引用させていただきます。
「後醍醐天皇の勅願により元徳元年(1329年)明極楚俊禅師の勧請開山として創建、
医王山広厳宝積禅寺の号を賜ったという。寺伝によれば当時は七堂伽藍完備して
子坊13、寺城は4000平米におよんだという。
建武3年(1336年)5月、楠木正成が当寺に参り、明極禅師と問答して大いに悟って
湊川の戦いに臨んだと『明極和尚行状録』に記されている。一方で『大清和尚語録』
には、当寺は楠木正成戦死の翌年に赤松範資が建立し、その子光範が落成したとある。
延宝年間に千巌宗般が荒廃していたこの寺を再興。千巌は楠木正成を崇拝し、
徳川光圀が楠公の建碑の志あるを知り、請願して完成させた。 [1] 「楠公の一族十三人、
士卒六十余人、この寺に入りて、建武三年五月二十五日戦死す。禅師(明極)
すなはち遺骸を路傍に葬むる。今の墓碑の地なり。」と『摂津名所図会』にみえる。
光圀の「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑は湊川神社の創建とともに同神社境内に移された。
戦災と震災で大きな被害を受けている。」

上の写真は若林秀岳著の神戸覧古(明治34年(1901)作)で開港前の様子を
作者が書きとめたもので江戸時代後期の廣厳寺の姿が想像できる。

上の写真は浮世絵師の長谷川小信によって描かれた錦絵の神戸古版画集で描かれた
楠正成公の墓碑の図です。江戸の後期には名所となっていた様子が判ります。
上記のように整備される前の姿は延宝8年(1680) 衣斐蓋子によって描かれた
海瀕舟行図がありこの中に楠公の塚があり横に梅の大木も描かれています。

上の写真はNHK Eテレ高校講座 日本史で解説されていたもので楠正成が
建武3年(1336)5月25日の湊川の戦いより以前に後醍醐天皇に対して
新田義貞を討って、足利尊氏とは和議を結ぶべきと献策していたが却下
されてしまったことを梅松論の文章から拾ったものです。
建武3年(1336)1月29日に楠、新田、北畠の連合軍が足利尊氏軍を京から
駆逐したものの足利尊氏が必ずや盛り返してくると楠正成は読んでいたので
このような言葉となったのである。
楠正成関連の小生のBlog
湊川の戦い 楠正成の陣の遺蹟 in 会下山公園 on 2011-3-14
楠正成終焉伝承の地 楠谷勝負が池跡
橋本家文書では広厳寺子坊の無為庵に火を放って 一族13人 兵士73人とともに自刃
したと伝わっています。
大楠公像 in 湊川公園
慶雲寺
湊川神社
水戸光圀公の銅像と顕彰碑 in 湊川神社
下記は福原西国観音霊場のリスト(御詠歌も付属)です。
今回紹介の医王山 広厳寺(楠寺)は21番です。
1番 医王山薬仙寺 時宗
住所:神戸市兵庫区今出在家町4丁目1-14
御詠歌:「諸人の願ひのままになる薬恵む仏のちかひたのもし」
2番 金剛山宝満寺 臨済宗
住所:神戸市長田区東尻池町2丁目11-1
御詠歌:「この寺へあゆみをはこぶ諸人のわたり絶えせぬ真野の継橋」
西摂大観では尻池の真野山法隆寺となっています。
(阪神淡路大震災で全壊 現在は清涼山地蔵院になっている)
3番 龍雲山海泉寺 臨済宗
住所:神戸市長田区駒ケ林町3丁目10-1
御詠歌:「海原のなみに浮みて御仏の ちかひの網にもれぬうろくづ」
4番 紫雲山 藤之寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区兵庫町1-3-6
御詠歌:「紫の雲もたなびき藤の寺 花もみもあり 法のすずしさ」
5番 海運山満福寺 曹洞宗
住所:神戸市長田区海運町4丁目1-1
御詠歌:「昔そのかげをうつせし御仏のふかき恵のこもる池水」
6番 月見山浄徳寺 真言宗
住所:神戸市須磨区北町1丁目4-28
御詠歌:「影清くてり渡るなり須磨の裏 秋の月見る山寺の庭」
7番 上野山須磨寺 真言宗
住所:神戸市須磨区須磨寺町4-6-8
御詠歌:「ふえたけの ここによよふる須磨寺に ふくや上野の松風の音」
8番 桂尾山勝福寺 真言宗
住所:神戸市須磨区大手町9-1-1
御詠歌:「秋ふかく染みし紅葉にてりそえる 月の桂の山に名におふ」
9番 毘沙門山妙法寺 真言宗
住所:神戸市須磨区妙法寺毘沙門山1287
御詠歌:「みやま路をはるばるゆけば御仏の妙へなる法の声をきくかな」
10番 神撫山禅昌寺 臨済宗
住所:神戸市須磨区禅昌寺町2丁目5-1
御詠歌:「秋もややくれないふかき山寺の 庭の紅葉の錦おりかく」
11番 観音山常福寺 真言宗
住所:神戸市長田区大谷町3丁目11−1
御詠歌:「はるばると詣れば弥陀の常福寺高きひくきも平等にして」
12番 白華山妙楽寺 臨済宗
住所:神戸市長田区池田寺町23
御詠歌:「おもしろき花のうてなに法の道 教へたへなるたのしみの寺」
13番 普門山福聚寺 臨済宗
住所:神戸市長田区西山町1丁目2-6
御詠歌:「かかるべき雲も嵐に吹きはれてあまねき門を照す月かげ」
14番 東海山長福寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区熊野町5丁目1−1
御詠歌:「きくたびにきむる夢野の草枕 かりそめならむ法の教へは」
15番 上野山願成寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区松本通2-4-11 元は烏原村にあったが水没で現在地に移動
御詠歌:「後の世も願ひのままになる梅の 花さく寺にあゆみはこばん」
16番 鷲峰山霊山寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区石井町2-4-1
御詠歌:「これもまた 法の教へと くむあかの 石井の水にうつる月かげ」
17番 潮音山東福寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区五宮町18−1
御詠歌:「山の名にかくる潮の音たかき 御法の声はたふとかりけり」
18番 天門山祥福寺 臨済宗
住所:神戸市兵庫区五宮町22−17
御詠歌:「見わたせばはれわたりけり天の門 法の教へをきくぞうれしき」
19番 花崗山福徳寺 浄土宗
住所:神戸市中央区花隈町15-1
御詠歌:「昔より御法たへせぬよつのときにはもせにきく花熊の寺」
福徳寺関連の小生のBlog(花隈城跡と天守跡)
20番 薬王山宝地院 浄土宗
住所:神戸市兵庫区荒田町3-17-1
御詠歌:「御仏のおほみ恵みのあらたなる 寺へあゆみをはこぶ諸人」
21番 医王山 廣厳寺(今回紹介) 臨済宗
住所:神戸市中央区楠町7丁目3−2
御詠歌:「世の人の願ひをちぢのみてごとに すてぬちかひの仏たふとし」
22番 般若林 延喜山 福昌寺(八王寺) 曹洞宗
住所:神戸市兵庫区羽坂通2-1
御詠歌:「あなとふと法のえんぎをきくたびに 極楽浄土ひとすじの道」
23番 大光山福海寺 臨済宗
住所:神戸市兵庫区西柳原町10−10
御詠歌:「彼の岸へわたすちかひの船出には われものりえんさいはいのうみ」
24番 巨龍山福厳寺 臨済宗
住所:神戸市兵庫区門口町3−4
御詠歌:「巨きなる龍のうききにのりへつつ ちかひの海をわたるかしこき」
25番 梅松山満福寺 時宗
住所:神戸市兵庫区東柳原町1−13
御詠歌:「ひとすじにたのみて参れ満福寺 ただみほとけの深きちかひを」
26番 真如山法界寺 浄土宗
住所:神戸市須磨区若木町2丁目3−30
御詠歌:「あらたなる法の教へをたふとみて 絶へず仏の御名をとなへん」
27番 円光山 極楽寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区兵庫町2-1-37
御詠歌:「たれもいざ乗りはおくれし彼の岸へ わたせる船の便りもとめて」
28番 臥竜山恵林寺 臨済宗
住所:神戸市兵庫区兵庫町2-2-1
御詠歌:「龍のふす山のこずへはしげりあひぬ 御法は千代もたへじとずおもふ」
29番 経島山来迎寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区島上町2-1-3
御詠歌:「紫の雲にのりつつこの寺へ 来りむかはせたまふ御仏」
30番 川島山 永福寺
住所:神戸市兵庫区南仲町にあった寺院だが戦争で焼失
神戸事件の滝善三郎の供養碑は能福寺に移設された。
御詠歌:「世の人のまよふ暗路をてらさんと 光りたへせぬ法の灯火」
国際港都の生いたち(その7)では欣求山極楽寺 浄土宗を併記
住所:神戸市長田区苅藻通2-7-17
御詠歌:「くせの戸や末の葉ごしにおきみれば いつもたへせぬ海女の釣船」
西摂大観では客番1番に列挙 それに伴ない 客番2に寿宝山 長福寺 臨済宗
客番3に明泉寺 臨済宗となる
31番 浄国山金光寺 真言宗
住所:神戸市兵庫区西仲町2-12
御詠歌:「しげりあふ 庭の草木に おく露も 玉の光とみゆる たふとさ」
32番 宝積山能福寺(兵庫大仏) 天台宗
住所:神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39
御詠歌:「うえもなき七つの宝積む山に いるこそ人は楽しかりけれ」
33番 西月山真光寺 時宗
住所:神戸市兵庫区松原通1-1-62
御詠歌:「みな人のつひにいらんもこなたへと 月落ちかかる西の山の端」
客番1 寿宝山 長福寺 臨済宗
住所:神戸市長田区長田町4-2-1
御詠歌:「あらたふと導きたまへ法の道 ただひとすじに花のはちすへ」
客番2 天照山明泉寺 臨済宗
住所:神戸市長田区明泉寺町2-4-3
御詠歌:「萬代のここにあまてる御仏の ちかい妙へなる泉なるらん」
客番打納 海向山 阿弥陀寺 浄土宗
住所:神戸市兵庫区中之島2-3-1
御詠歌:「観音のみちびきひらく花山の御法 妙へなる阿弥陀寺の庭」
奥之院 摩耶山 天上寺 真言宗
住所:神戸市灘区摩耶山町2-12

















