摩耶ケーブルの車両搬入 on 2013-2-25 |
報道がありましたので紹介します。
また赤線部とそれに付随する写真を2013-3-17に追加しました。
摩耶ケーブルの歴史は古く大正14年(1925)1月6日に摩耶鋼索鉄道が高尾駅
(現在の摩耶ケーブル駅)と 摩耶駅(現在の虹駅)の間で開業されました。

上の写真は神戸市制120周年記念 神戸あのまち、あの時代 1889-2009
のPage31からのコピー(六甲摩耶観光推進協議会の写真)で大正後期から
昭和初期の摩耶ケーブルの摩耶駅です。

上の写真は摩耶さんぽMAP 2013 Winter Vol.3で紹介されている1代目の
ケーブルカーです。
1代目の車両は大正14年から昭和19年(1944)まで勤めました。
戦争でレールなども供出か
2代目の車両は昭和30年(1955)より平成24年11月30日まで勤めました。

上の写真は摩耶さんぽMAP 2013 Winter Vol.3で紹介されている2代目の
ケーブルカーです。
Wikipediaより摩耶ケーブルの歴史を引用掲載します。
1938年(昭和13年)7月5日 - 阪神大水害により8月4日まで運休する。
1944年(昭和19年)2月11日 - 不要不急線として高尾 - 摩耶間が休止。
翌年にかけて軌道も撤去される。
1955年(昭和30年)5月7日 - 高尾駅 - 摩耶駅間が運行再開。2代目車両運行開始。
1956年(昭和31年)11月2日 - 開業前に取得していた高尾駅からさらに麓までの路線の
免許を返上する。
1967年(昭和42年)7月9日 - 大水害により7月15日まで運休する。
1973年(昭和48年)2月1日 - 高尾駅を「摩耶ケーブル下駅」と改称。
1975年(昭和50年)10月29日 - 六甲越有馬鉄道と合併し六甲摩耶鉄道の路線となる。
1976年(昭和51年)1月30日 - 忉利天上寺、放火のためほぼ全焼。参詣客の乗車が無くなる。
1995年(平成7年)1月17日 - 阪神・淡路大震災で被災し、復旧の見通し立たず長期休止に。
2000年(平成12年)4月25日 - 摩耶ロープウェーを所有、運行する神戸市都市整備公社
へ無償譲渡。同公社の路線となる。
6月5日 - 復旧工事に着手。
2001年(平成13年)3月17日 - 摩耶ロープウェーとともに運行再開。摩耶ケーブル下駅を
「摩耶ケーブル駅」、摩耶駅を「虹駅」と改称。虹駅は
「虹の駅」の公式通称を使用開始。車両の塗装を変更。
2012年12月1日から2013年3月末までの予定で リニューアル工事が工事が
進められています。運行会社は2013年1月1日に神戸市都市整備公社から神戸すまいまちづくり公社に
改称されました。

上の写真は昨年11月30日まで運転していた2代目のケーブルカー車両です。

上の写真は3代目の車両が搬入された摩耶ケーブル駅です。



上の3枚の写真は2013-2-25に納入された3代目の新車両です。
2013年3月30日には リニューアル工事が完成し運行再開の予定。
写真の新車両は2台のうちの1台で「にじあじさい」と名付けられています。
摩耶山に生息する「森青蛙」の色に、日光をイメージしたラインをあしらっています。
車体に描かれているのは、六甲山牧場の動物たちによる「山の音楽隊」です。
もう1台は「ゆめあじさい」で摩耶山で発見された絶滅危惧種「摩耶蘭」の色に、月光を
イメージしたラインをあしらっています。車体に描かれているのは、王子動物園の動物
たちによる「街の音楽隊」です。
両方の車両ともに眺望側の窓の面積を大きくとっているそうです。
2013年3月30日の3代目のお目見えと今後の活躍が楽しみです。
神戸市からの詳細な情報

















