ヘボソ塚古墳跡の石碑 in 神戸市東灘区岡本1丁目 |
石碑の所在地は下記の地図の中に示したとおりでJR攝津本山と阪急岡本駅に挟まれた
地区に位置しており現在は大部分、駐車場(ガーデンパーキング)と宅地になっています。

上の写真の地図上にヘボソ塚古墳跡の石碑のある位置を示しました。

上の写真は上述の駐車場(ガーデンパーキング)の写真です。
駐車場の右の通路を20mあまり進んだところに石碑があります。

上の写真がヘボソ塚古墳跡の石碑です。
扁保曽塚址という文字が刻印されています。
ヘボソ塚古墳=扁保曽塚古墳は別名で筬塚古墳(おさづかこふん)とか業平塚古墳
(なりひらづかこふん)と呼ばれる場合もあります。
ヘボソ塚古墳に隣接して本山北遺跡があります。(こちらも現在は住宅街となっています)
さらにヘボソ塚古墳の南東側には大規模な本山遺跡があり弥生時代の遺物が多数
出土しています。
現地の説明書き、東灘区役所刊の東灘歴史散歩、Wikipediaより解説文を要約します。
ヘボソ塚古墳(ヘボソづかこふん、扁保曽塚古墳)は兵庫県神戸市東灘区岡本一丁目に
あった古墳時代前期の古墳。六甲山南麓の傾斜地に作られ、前方部を西北西に向け、
全長が63.35m、後円部の直径32.2m、高さ約3.62mの前方後円墳だった。
江戸時代の『摂津名所図会』によればそばには
小さな塚が20ほどあったという。明治30年(1897年)以降民有地となり、市街化工事
によって壊滅した。<span style="color:rgb(255,0,0);">現在は「扁保曽塚址」の石碑があるだけである。
明治28年(1895年)の発掘調査によって、後円部の竪穴式石室より鏡6面、石釧2個、
勾玉、菅玉、小玉などが出土し、東京国立博物館に所蔵されている[1]。
鏡のうち、2面は三角縁神獣鏡でいずれも同范鏡、唐草文帯三神二獣鏡は加古川市の
東車塚古墳出土鏡と同范、天・王・日・月・唐草文帯二神二獣鏡は長岡京市の
長法寺南原古墳出土鏡はじめ同范が7面判明している。
「ヘボソ」という名は16世紀にはじめて現れるが、その由来は今もって判明していない。
当地の伝承によれば在原業平の墓であると『摂津志』には挙げられているが、建設時期が
合わず現在ではこの説は否定されている。
俗謡に「岡本のをさば(オサバ)に立てるへぼそ塚布織る人は岡本にあり」とあり、
すでに『摂津名所図絵』には塚の名と同じく唄の意味もわからないとあるが、旧正月の
二日に織姫が機を織る音が聞こえるという言い伝えがあって[3]、上代の織姫と関連付け
られていた。道谷卓は「オサバ」の「オサ」は「筬」(機織りで使うくし型の道具)
の事であると考えて、伝承と俗謡との関連を示している。

















