呉錦堂池と呉錦堂氏を称える碑 on 2013-5-22 |
写真紹介します。


上の写真は呉錦堂池(宮ケ谷池)の遠景です。昭和32年(1957)呉錦堂氏の
功績を称え宮ケ谷池を呉錦堂池と改称するとともに小束野(こそくの)開拓
の所縁の土地に呉錦堂氏を称える碑が建設されました。
この碑についてはあとで写真紹介します。

上の写真は現地の真新しい説明板です。

上の写真は平成9年(1997)3月小束野水利組合によって建てられた記念碑
と呉錦堂池の遠景です。太陽と緑の道の看板が整備されており自転車道でもあります。

記念碑の裏面の完成碑文です。
小さくて詠み難いと思いますので引用転記させていただきます。
完 成 碑 文
幅5m、奥行2.5m、高さ1.1mの台座に乗った改修記念碑
この呉錦堂池は中国人で日本に帰化した貿易商呉錦堂氏が大正6年(1917年)に
築造された池です。
呉錦堂氏は安政2年(1855年)に中国浙江省に生まれ、明治18年31才の時に日本に
渡り神戸で行商から身を起し自分で錦生丸(1427t)と名づけた船で日中貿易を行い
大実業家となり、明治37年には日本に帰化され凶作年には難民を助けたり貧しい子供
を学校へやったり、日本のために大変つくされ数々の表彰を受けて大正10年には
政府より紺綬章を受章されました。
丁度その頃、干ばつに苦しむ神出岩岡地区に六甲山系の山田川疎水が引かれました。
それを受けて明治44年にはこの下流にある現在の西区神出町小束野の山林を開墾して
水田60ヘクタールを開き、小束野池も築造されました。小束野地区が現在百戸以上の
大集落になって栄えているのも呉錦堂氏のお陰です。
この池は以前は地名をもとに宮ヶ谷池と呼ばれていましたが、小束野地区では
呉錦堂氏に深く感謝して昭和32年に地区の中心に記念碑を建立して功績を称え、
宮ヶ谷池を呉錦堂池と改称することになりました。
大正6年の築造後80年を経過し老朽化が著しくなってきましたので当池を平成4年より
平成8年まで県営事業により事業費3億円余をかけて大改修を行い総張ブロックの
見事な呉錦堂池に生まれ変わりました。
ここに営々と守り続けて来た先人達の労に敬意を表し、記念碑を建立します。
平成9年3月 小束野水利組合
事業の概要
所在地 神戸市西区神出町古神
受益面積 57.0ha(神出町小束野)
受益戸数 85戸
総工事費 2億9千5百万円
工期 平成4年度~平成8年度
計画諸元
形式 傾斜コアー型
提高 17.50m
提長 220.0m
貯水量 390000t
余裕高 2.00m
天端幅 5.50m
関連事業 国営東播用水事業
事業主体 兵庫県

上の写真は呉錦堂池周辺の地図です。「神出(かんで)の里」と題した地図で明石の
有名な切り絵作家、伊藤太一先生が作製されたものです。
呉錦堂氏の神出(かんで)、小束野(こそくの)開拓について関係年譜方式で記します。
呉錦堂氏の英文名はWu Jintang 呉錦堂(1855-1926)71歳で没
明治38年(1905)50歳 耕地整理法(旧法) 開墾事業も耕地整理の対象
明治41年(1908)53歳 明石郡神出村小束野に141町歩の土地を購入
(秋山忠直氏より呉啓藩(14歳)名義で購入)
中国より農民25人を呼ぶ。当初は小束野を開墾して
果樹園をつくるつもりだったが淡水疎水が整備されたことで
水田開発に変わる。
製材所、セメント樽工場、宿舎などを呉錦堂屋敷内につくる
また、農地、農道、水路、ため池を買収などにより次々整備

上の写真は明治42年(1909)6月、呉錦堂自ら水利工事を視察監督した時のものです。
明治44年(1911)56歳 山田川疎水工事起工 (1915年に完成)
大正5年(1916)61歳 小束野開墾工事開始
大正15年(1926)71歳 1月14日 神戸市葺合区の自宅(養和山荘)で死去

上の写真は現在の淡山疎水(淡河川疎水+山田川疎水)の水路と受益地。
(金棒池の近辺にあった説明板より)

上の写真は呉錦堂氏を称える碑です。読めないとおもいますねで文章を引用転記します。
顕 彰 碑
呉錦堂君は若年にして上海から日本に渡来し行商をもって身を起こし帰化してのち
社会事業に幾多の貢献をせられ、ことに明治の末期から約二十二年間に神出町小束野に
水田約六十町歩を開墾し、また用水地として宮の谷池と小束野池の築造を完成して
当部落が今日の繁栄の基礎をつくられた功績は誠に大きい。ここに君の偉業をたたえ
永く感謝して、この碑を建てるとともに宮の谷池を呉錦堂池と改称して君の名を後世に
伝える。
中井宇三郎 敬書
昭和三十二年五月
神出町小束野部落民一同
中井宇三郎氏は神出小学校の元校長さんでした
第10代校長(大正9年~昭和2年)本名は中井卯三郎、古神に在住されていました

上の写真は顕彰碑の裏面で碑の建設に賛同寄付した人と世話人の名前が刻まれています。

上の写真は平成23年(2011)10月 小束野自治会が作製された説明板です。


上の2枚の写真は平成17年(2005)に建立された「呉里豊穣」の碑。表、裏面。


上の2枚の写真は小束野池改修の記念碑です。
小束野池も呉錦堂所縁の池です。
今回記事を書くにあたり下記の本を参考にしています。(本の表紙写真を添付)



上の写真は金棒池の近所にあった説明板に書かれていたお奨めのウォーキングコースの
紹介です。参考にしてください。
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