2013年 07月 29日
JR御着駅周辺散策記 その2 黒田家廟所(黒田重隆と黒田官兵衛の母の墓) on 2013-7-27 |
JR御着駅周辺散策記の第2弾で黒田家廟所(黒田重隆と黒田官兵衛の母の墓)の
写真を紹介します。(撮影:2013-7-27)
まず現地の説明板(上の写真)を紹介します。
黒田家廟所
ここの墓所には黒田孝高(よしたか)(黒田官兵衛のちの如水)の祖父・重隆(しげたか)
と生母(明石氏)の2人がまつってあります。
黒田家は御着城主小寺家の家老となり、重隆の時から姫路城を守って姫路城主となりま
した。姫路城主は子の職隆(もとたか)、孫の孝高とつぎましたが1580(天正8)年秀吉
の播磨平定の時、孝高は姫路城を秀吉に譲り、父職隆と自分は国府山城(妻鹿)に移り
ました。職隆の墓所は妻鹿にあります。のちに黒田家は筑前福岡の城主となったのでどちら
の墓所も地元では「チクゼンサン」と呼んでいます。
この墓所は、1802(享和2)年に死罪を九州から運んできて造られました。廟屋を持つ
立派なもので、周りの龍山石の石塀から内部は、昭和56年3月8日に姫路市指定史跡と
なっています。
黒田官兵衛の祖父・黒田重隆は備前福岡から姫路に出て小寺重隆に仕えたとされます。
廟屋は黒田家により昭和43年(1968)に大改修されました。
上の写真は黒田家廟所の廟屋と五輪塔。
上の写真は五輪塔左手の黒田重隆の墓。
五輪塔には春光院殿 前野州大守 善岩 大福宗小定門?と刻まれえています。
姫路心光寺の過去帳を写した山口武乕によれば、黒田重隆の法名・卒年月日は、
法名:善峩宗卜禅定門、永禄七年(1564)二月六日卒とある。
泰誉誌(泰誉は墓所移転当時の姫路心光寺の住職の名前)によれば
黒田下野守重隆永禄七甲子年二月六日卒享年五十七火葬佐土心光寺天正十五丁亥年五月
廿三日改葬天川廟内法号善岩宗卜禅定門
黒田の荘厳寺本系図によれば、黒田重隆の法名は、霊光院覚智性悟大禅定門、
永禄十年(1567)八月十七日卒である。
上の写真は右手の黒田官兵衛の母(明石殿)の五輪塔です。
泰誉誌によれば黒田美濃守職隆内室明石備前守正風女永禄二未年十一月廿八日卒火葬佐土
梨原寺天正十五丁亥年五月廿三日改葬天川廟内法号心光本願性誉渓翁長寿大姉
上の写真は黒田家廟所の参道です。もとは廟屋から一直線に参道があり案内板にも
古いものは旧参道の地図が書かれているものもありますが土地所有者の天川一次氏
から寄付して「いただき平成12年12月から平成13年2月に新参道の整備が
行われました。
過去の御着駅周辺散策記
JR御着駅周辺散策記 その1 御着城跡 on 2013-7-27
写真を紹介します。(撮影:2013-7-27)
まず現地の説明板(上の写真)を紹介します。
黒田家廟所
ここの墓所には黒田孝高(よしたか)(黒田官兵衛のちの如水)の祖父・重隆(しげたか)
と生母(明石氏)の2人がまつってあります。
黒田家は御着城主小寺家の家老となり、重隆の時から姫路城を守って姫路城主となりま
した。姫路城主は子の職隆(もとたか)、孫の孝高とつぎましたが1580(天正8)年秀吉
の播磨平定の時、孝高は姫路城を秀吉に譲り、父職隆と自分は国府山城(妻鹿)に移り
ました。職隆の墓所は妻鹿にあります。のちに黒田家は筑前福岡の城主となったのでどちら
の墓所も地元では「チクゼンサン」と呼んでいます。
この墓所は、1802(享和2)年に死罪を九州から運んできて造られました。廟屋を持つ
立派なもので、周りの龍山石の石塀から内部は、昭和56年3月8日に姫路市指定史跡と
なっています。
黒田官兵衛の祖父・黒田重隆は備前福岡から姫路に出て小寺重隆に仕えたとされます。
廟屋は黒田家により昭和43年(1968)に大改修されました。
上の写真は黒田家廟所の廟屋と五輪塔。
上の写真は五輪塔左手の黒田重隆の墓。
五輪塔には春光院殿 前野州大守 善岩 大福宗小定門?と刻まれえています。
姫路心光寺の過去帳を写した山口武乕によれば、黒田重隆の法名・卒年月日は、
法名:善峩宗卜禅定門、永禄七年(1564)二月六日卒とある。
泰誉誌(泰誉は墓所移転当時の姫路心光寺の住職の名前)によれば
黒田下野守重隆永禄七甲子年二月六日卒享年五十七火葬佐土心光寺天正十五丁亥年五月
廿三日改葬天川廟内法号善岩宗卜禅定門
黒田の荘厳寺本系図によれば、黒田重隆の法名は、霊光院覚智性悟大禅定門、
永禄十年(1567)八月十七日卒である。
上の写真は右手の黒田官兵衛の母(明石殿)の五輪塔です。
泰誉誌によれば黒田美濃守職隆内室明石備前守正風女永禄二未年十一月廿八日卒火葬佐土
梨原寺天正十五丁亥年五月廿三日改葬天川廟内法号心光本願性誉渓翁長寿大姉
上の写真は黒田家廟所の参道です。もとは廟屋から一直線に参道があり案内板にも
古いものは旧参道の地図が書かれているものもありますが土地所有者の天川一次氏
から寄付して「いただき平成12年12月から平成13年2月に新参道の整備が
行われました。
過去の御着駅周辺散策記
JR御着駅周辺散策記 その1 御着城跡 on 2013-7-27
by seiyo39
| 2013-07-29 08:12
| 神戸以外の兵庫県
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