京都宇治 黄檗宗総本山萬福寺 on 2013-12-23 |
萬福寺の基本情報
住所:京都府宇治市五ケ庄三番割34 TEL:0774-32-3900
宗派:黄檗宗 山号:黄檗山 御本尊:釈迦如来
開山:隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師 創建:寛文元年(1661)
公式ホームページ:http://www.obakusan.or.jp/
地図を添付しておきます
明朝滅亡後異民族支配を嫌う多くの中国人( 漢民族 )が長崎へ亡命いたしました。黄檗僧・隠元隆琦(いんげんりゅうき。1592~1673)もその1人で日本行きを決意されたのだと思います。隠元禅師は中国福建省から長崎に1654年に30名の僧などを引き連れてやってきました。1661年、後水尾法皇、将軍徳川家綱の許しを受けて,寺領400石を与えられて萬福寺は創建されました。
総門をくぐって左手に隠元やぶと呼ばれる孟宗竹のやぶが見えてきます(下の写真)
以下Wikipediaよりの引用
萬福寺の精進料理は普茶料理と呼ばれる中国風のもので、植物油を多く使い、大皿に盛って取り分けて食べるのが特色である。萬福寺は煎茶道の祖・売茶翁ゆかりの寺としても知られる。隠元と弟子の木庵性瑫、即非如一はいずれも書道の達人で、これら3名を「黄檗の三筆」と称する。このように、隠元の来日と萬福寺の開創によって、新しい禅がもたらされただけでなく、さまざまな中国文化が日本にもたらされた。隠元の名に由来するインゲンマメのほか、孟宗竹、スイカ、レンコンなどをもたらしたのも隠元だといわれている。
興聖寺の茶亭観流亭の扁額にも同じように観流亭と書かれおり現存する。
歴史:
開山・隠元隆琦は中国明時代の万暦20年(1592年)、福建省福州府に生まれた。29歳で仏門に入り、46歳の時、故郷の黄檗山萬福寺の住職となる。隠元は当時中国においても高名な僧で、その名声は日本にも届いていた。
隠元が招かれて来日するのは1654年(順治11年、承応3年)、63歳の時である。当時の日本は鎖国政策を取り、海外との行き来は非常に限られていたが、長崎の港のみは開かれ、明人が居住し、崇福寺、興福寺のような唐寺(中国式の寺院)が建てられていた。隠元は長崎・興福寺の僧・逸然性融らの招きに応じて来日したものである。はじめ、逸然が招いた僧は、隠元の弟子である也嬾性圭(やらんしょうけい)という僧であったが、也嬾の乗った船は遭難し、彼は帰らぬ人となってしまった。そこで逸然は也嬾の師であり、日本でも名の知られていた隠元を招くこととした。隠元は高齢を理由に最初は渡日を辞退したが、日本側からたびたび招請があり、また、志半ばで亡くなった弟子・也嬾性圭の遺志を果たしたいとの思いもあり、ついに渡日を決意する。
承応3年(1654年)、30名の弟子とともに来日した隠元は、はじめ長崎の興福寺、次いで摂津富田(現・大阪府高槻市)の普門寺に住した。隠元は中国に残してきた弟子たちには「3年後には帰国する」という約束をしていた。来日3年目になると、中国の弟子や支援者たちから隠元の帰国を要請する手紙が多数届き、隠元本人も帰国を希望したが、元妙心寺住持の龍渓性潜をはじめとする日本側の信奉者たちは、隠元が日本に留まることを強く希望し、その旨を幕府にも働きかけている。万治元年(1658年)、隠元は江戸へおもむき、将軍徳川家綱に拝謁している。家綱も隠元に帰依し、翌万治3年(1660年)には幕府によって山城国宇治に土地が与えられ、隠元のために新しい寺が建てられることになった。ここに至って隠元も日本に留まることを決意し、当初3年間の滞在で帰国するはずであったのが、結局日本に骨を埋めることとなった。
寺は故郷福州の寺と同名の黄檗山萬福寺と名付けられ、寛文元年(1661年)に開創され、造営工事は将軍や諸大名の援助を受けて延宝7年(1679年)頃にほぼ完成した。
周囲には四天王像(持 国 天 像、増 長 天 像、広目天像、多聞天像)が各方位の守護神として祀られています。
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遺骨は埋葬されました。
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