2007年 11月 13日
平磯灯台(灯標) |

今回アップした3枚の写真は平磯灯台の写真です。平磯スポーツガーデンの恋人岬
付近より2007年11月12日に撮った。
以下神戸市垂水区役所のホームページより解説を引用させていただきます。
垂水のシンボルとして「垂水の灯台」は明治時代から有名になっています。
以下神戸市垂水区役所のホームページより解説を引用させていただきます。
垂水のシンボルとして「垂水の灯台」は明治時代から有名になっています。
この灯台付近は「平磯」といって暗礁になっていて、昔から明石海峡の難所で、
たくさんの船が難破しました。
そのため江戸時代から木製の灯標を何度も立てたのですが、潮流が激しいので、
すぐに流されてしまいました。
明治26年(1893年)11月に、英国人技師の指導で、鉄筋コンクリート造りの灯台
そのため江戸時代から木製の灯標を何度も立てたのですが、潮流が激しいので、
すぐに流されてしまいました。
明治26年(1893年)11月に、英国人技師の指導で、鉄筋コンクリート造りの灯台
が建ったのです。それが現在でもそのまま使われているのです。
小野田セメント工場内に、日本で最初に造られた(明治16年)セメント燃結炉が、
山口県指定史跡として保存されています。 そこには、この燃結炉で作られた
第一号のセメントで垂水の灯標が造られた-と書かれています。

上が黄色、下が黒の灯標は南方位標識ということで南側を通っても大丈夫で北側に

上が黄色、下が黒の灯標は南方位標識ということで南側を通っても大丈夫で北側に
岩礁、浅瀬難破船などの障害物があることをしめしているそうです。
海上保安庁のHPより他の標識の解説も参照してください。

赤毛、月と6ペンスなどで有名なサマセット モームが昭和11年(1936)に、
この灯台を題材に『困った時の友』を書いています。
海上保安庁のHPより他の標識の解説も参照してください。

赤毛、月と6ペンスなどで有名なサマセット モームが昭和11年(1936)に、
この灯台を題材に『困った時の友』を書いています。
by seiyo39
| 2007-11-13 05:53
| 神戸情報
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