花隈厳島神社 |
平清盛によりあつく信奉され世界遺産にもなっています。花隈厳島神社の由来について。兵庫厳島神社説明板より要約引用させていただきます。
治承四年(1180)、福原遷都の際、平清盛が平家一門の氏神として深く信仰している安芸国厳島神社をこの地に勧請しました。福原京の周り七つの地に厳島神社を勧請したので、七弁天と呼ばれ花隈(はなくま)、佐比江(さぴえ)、西宮内(にしみやうち)、夢野(ゆめの)、真野(まの)、
渦輪(うずわ)と兵庫となっています。
また花隈厳島神社の説明板より花隈厳島神社の由来を要約しますと、「健康弁天 平清盛が建立したときは宇治川の左岸にあったが、2度の移転で現在の場所に鎮座した。宇治川の近くの町名が弁天町なのは神社があった名残り。鳥居の額には「神戸最初船場鎮座」と掲げられている。屈強な海の男たちにあやかって、健康になるようにいのりましょう」
上記説明に少し補足しますと、宇治川の左岸にあったところは現在の神戸ハーバーランド付近で現在でも神戸市中央区弁天町という名前が残っています。
花隈村の清水にあった花隈厳島神社は花隈城が築城された永禄10年(1567)には生田神社境内に移されて天明年間(1781-1789)宇治川河口の弁天浜に祀られ、明治になり再び元の
花隈町にもどった。
清盛七弁天めぐりについても掲示があり次のとおりです。和田神社(安全弁天)→真光寺(音楽弁天)→能福寺(清盛くん)→来迎寺(松王丸くん)→済鱗寺(勉強弁天)→恵林寺(運動弁天)→兵庫厳島神社(お洒落弁天)→氷室神社(恋愛弁天)→花隈厳島神社(健康弁天)
上記の弁天様は市杵島姫命(=弁財天)を祀ったところといわれています。



安芸宮島の厳島神社について紹介はこちら。

















