JR鷹取工場 |

上の写真はJR鷹取駅の地下コンコースで写真展示されていたJR鷹取工場の写真です。
明治7年(1874)大阪-神戸間で鉄道が開通し、新橋工場に次いで日本で2番目の山陽鉄道株式会社神戸工場が開設、その後明治33年(1900)鷹取工場が開設されました。
神戸工場はその後大正5年(1916)廃止されその機能は鷹取工場が受け継ぎました。
敷地面積17.6haで石炭車や橋桁の製造から始まり機関車、客車、貨車の新規製作、修繕
などがおこなわれてきました。鉄道工場としては東の大宮、西の鷹取と呼ばれてきました。
鷹取工場は平成7年(1995)1月17日の阪神淡路大震災で建物の90%が被害を受け操業
不能となったが震災後避難所として230名の避難者を受け入れ浴場を開放するという
サービスも行われました。
平成12年((2000)鷹取工場の機能は網干総合車両所に移転しました。
鷹取工場跡地は震災復興土地区画事業により震災復興住宅の建設、妙法寺川左岸公園、
スポーツ施設などが整備されてきました。

上の写真(2008-2-23撮影)鋳造柱で阪神淡路大震災でJR鷹取工場のほとんどが倒壊した
中で唯一残った建築物に使用されていたもので刻印がありイギリスから輸入されたことが
伺えます。
下の写真(3枚)は弁慶号、D51、860形式蒸気機関車(明治26年(1893)に製作された
国産初の蒸気機関車です。



下の写真は現在のJR鷹取駅の南口(浜側)です。


















