下畑の一ツ地蔵と古山陽道 |
山陽道は須磨の綱敷天満宮附近より北に迂回し多井畑を通り塩屋谷川沿いに
塩屋、滝の茶屋に抜ける道が古山陽道と呼ばれ、延喜元年(901)右大臣菅原道真は
藤原時平の換言により九州大宰府に流されましたがそのときも神戸から陸路で
明石海峡をを過ぎるまでこの古山陽道を利用したと伝えられています。

上の写真は下畑の史跡の看板を写真に撮ったもので、本日紹介する一つ地蔵
(一ツ地蔵)は左側の中央部にあり、古山陽道の街道沿いにあったものと推測されます。
こういった地蔵は街道沿いに1町(109m)おきに配置されていることが多い。
下の写真は一つ地蔵で神戸市バス神の脇停留所のすぐそばにあります。

一ツ地蔵の周辺にはこの地域で多く見られる一石五輪塔が祀られています。

上の写真は須磨駅家~明石駅家の山陽道のルート
出典:1)Page57
1) 兵庫県教育委員会編 大田町遺跡発掘調査報告書
神戸市大田郵便局等新築工事に伴う発掘調査報告書(1993)本ブログで取り上げた古山陽道は上記地図の多井畑ルートに当たります

















