堺散策 その8 与謝野晶子生家跡 |
明治11年(1878)12月7日に誕生して以来、23年間の年月を過ごした場所である。
晶子の実家は駿河屋という老舗菓子屋を経営していた。父親は鳳宗七(ほうそうひち)で
その3女として生まれた。現在、「海恋し潮の遠鳴り数えつつ少女となりし父母の家」と刻まれた歌碑が建てられている(昭和36年(1961)に建立)。
下の写真は説明書きのボードの写真。日本語の他英語、中国語、韓国語で書かれています。


上下の写真は明治時代の与謝野晶子生家の駿河屋の様子である。
(説明書きの写真)


与謝野晶子の写真を見ると明治の時代に超モダンな感覚を身につけて自信あふれる
表情がみてとれる。

















