林市蔵像 |
所在地:大阪市中央区北浜4丁目 淀屋橋南詰
大正7年(1918)、第15代大阪府知事であった林市蔵(1867-1952)が困窮した民衆を救うために、現在の民生委員制度の元になった方面委員制度を作った功績を称えた顕彰碑が
大阪府下の約5,000名の民生委員の呼びかけにより立てられた。
理髪店で50歳ぐらいの紳士が散髪していた。その時、鏡に40歳くらいの母親と女の子が
夕刊を売る姿に釘付けになった。散髪を終えた紳士は、その夕刊売りに近づき1部買った
あと、一言二言話しかけ、その足で近くの交番に立ち寄り、夕刊売りの家庭の状況を
交番で調べてもらった。街角で見かけた母親は、夫は病に倒れ、3人の子どもを抱え、夕刊売りでやっと生計を立てている。子どもたちは、学用品を買えず、学校にも通っていない。
このような生活困窮者を救うため、小河滋次郎博士(1863-1925)に調査を命じて
民生委員制度の基礎となる方面委員を設置する制度を創生した。